第83回小石川植物園市民セミナー

小石川植物園の正式名称は、東京大学大学院理学系研究科附属植物園です。このことからもわかるように東大との関わりの深い小石川植物園では、定期的に市民セミナーが開かれています。今回は「扁額(へんがく)」に関する講演をレポートしました。


東京大学大学院理学系研究科附属植物園、通称小石川植物園の一角にある柴田記念館で、第83回小石川植物園市民セミナーが開催されました。本学名誉教授で現在は法政大学生命科学部で教鞭をお取りになっている長田敏行教授が、加藤竹斎の「扁額(へんがく)」について講演なさいました。加藤竹斎は小石川植物園の画工だった人物で、扁額とは樹木でできた板にその樹木の絵を描いたものです。現在日本で残っている数は少なく、3年前に長田先生が小石川植物園で発見した時には描かれた目的さえ忘れ去られていましたが、先生が調査を進めて実態を明らかにしてきました。東京帝国大学の実験室として使われていた建物が、やや年齢層の高い人を中心に多くの聴衆で埋まりました。

扁額は以前からベルリン・ダーレム植物園やイギリスのキュー植物園で見つかっていましたが、小石川植物園に残されたものは忘れ去られていて、最近再発見されました。小石川植物園だけでなく、ハーバード大学やロンドンの個人コレクションにも発見されました。扁額は板が絵と同じ種類の樹木でできているのはもちろん、枠はその樹木の樹皮つきの枝であり、四隅はその樹木の枝の断面図となっています。

扁額では日本伝統の画法と西洋の画法が融合しています。加藤竹斎が属していた狩野派は江戸時代には幕府を後ろ盾としていましたが、その後明治維新によって多くの絵師が新政府の機関に勤めるようになりました。加藤竹斎は小石川植物園に勤め扁額を描くことになりました。また、西洋画の技法はシーボルトの「日本植物誌」も参照していると推測されました。

扁額の制作過程は伊藤圭介の日記に記されています。伊藤圭介は植物のリンネ式分類法を日本に初めて紹介した人物で、東京大学初の刊行物『小石川植物園草木目録』の著者でもあります。現在王立キュー植物園やハーバード大学にあるものは、初期の扁額だとされています。その後複製が作られ、一部は文部卿西郷従道にも贈られ、一部はオークションに出されたものと思われます。

扁額からは伊藤圭介の人間関係についても示唆されます。大森貝塚の発見者モース、イギリスの外交官アーネスト・サトウ、1871年ウィーン万博に木材資料を展示した田中芳男らが、伊藤圭介とつながっております。モースは自著の『Japan Day by Day』に扁額について言及しており、この記事を2011年に長田先生が見つけたことで、扁額が教育用目的だということがわかりました。

このように、扁額からは、西洋の影響を受けての美術の変化、明治時代の学問の発展経過、当時の外国人と日本人との交流など、さまざまなことがわかります。長田先生自身にとっても、扁額を再発見したときには思ってもいなかったような話題にまで広がったそうです。この広がりから、植物・美術・歴史が絡み合う面白さを感じることのできる講演となっているように感じました。講演が終わった後には質疑応答があり、聴衆の多くが植物や美術に関心があるのだと感じられました。最後にスライドが終了されると、そこには実物の扁額がありました。来場者は間近で見て感動したようでした。

普段は見る機会が限られがちな植物画を新たな視点から鑑賞することのできるセミナーとなっていました。小石川植物園では定期的に市民セミナーがあります。興味のある方は、webページを参照してみてはいかがでしょうか。

リンク

小石川植物園後援会:http://www.koishikawa.gr.jp/

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掲載日:14-06-15
担当:伊藤重賢
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