弓道場

三四郎池を囲む緑地の畔にひっそりとたたずむ弓道場の完成は1935年。設計は東大の多くの建造物に関わり「内田ゴシック」で知られる内田祥三です。戦後に矢内原忠雄総長(当時)によって「育徳堂」と命名されました。三四郎池の正式名称が「育徳園心字池」であり、その周辺には現在でも「育徳園」という名が残っているので、それと関連して命名されたのかもしれません。中をのぞくと弓を構えた学生の白黒写真が飾られており、この弓道場と弓術部の歴史の重みを感じさせます。

現在の弓道場ができる前の1902年から弓道場は三四郎池のそばにありました。三四郎池のそばに弓道場が完成した1902年から1917年まで弓術部の師範を務めていたのが本多利實という人物です。本多利實は1889年に『弓道保存教授及演説主意』を著して幕末以降廃れつつあった弓道の再興に取り組んだ後、1892年に一高の弓術教授に就任しました。1935年に完成し現在まで使用されている育徳堂は、三四郎池のそばの弓道場としては2代目と言えます。

また、駒場キャンパスにも弓道場があります。こちらはラグビー場と第一グラウンドの間に生垣に覆われて位置していて、完成は1987年です。駒場キャンパスの弓道場は2代目で、それは完成当時から「浩年堂」という名前です。なお、駒場の初代弓道場は1955年からありました。

弓術部は普段は駒場の浩年堂で練習していますが、本郷キャンパスに通う部員は本郷の育徳堂も使用しています。

(参考 東京大学運動会弓術部:http://www.kyujyutubu.com/


キャンパスガイドマップ > 本郷キャンパス

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