余暇の考え方

板津先生 我々は余暇というものをどのように捉えているのでしょうか。余暇をどう捉えるかは時とともにどのように変化してきたのでしょうか。12月13日に開催された2013年最後の金曜講座、担当されたのは総合文化研究科の板津木綿子先生です。テーマは「余暇の考え方」で、冬休みを控えた高校生・大学生にはもってこいのお話でした。

「我々はどういうふうに余暇を考えているのか?」という質問は「あなたの趣味は何ですか?」という質問に置き換えられるというお話から始まり、先生は来場者に趣味を尋ねられました。返ってきたのは、読書する・音楽を聴く・友達と遊ぶという答えでした。しかし、この答えの中には建前と本音が潜んでいて、尋ねた人との関係性によって答えが変わってくるのではないのでしょうか。多くの人に言っても間違いではない無難なものを選んで答えている場合が多々あります。趣味によって人柄が判断されるために、答えが変わってきてしまうのです。では、我々は実際に余暇をどう捉えているのでしょうか。ここで来場者は、配布された資料に列挙された余暇活動を好ましいものと好ましくないものに分ける作業を行いました。先生は、それを判断した基準を来場者に尋ねられました。来場者の判断した基準は、年齢・社会的立場・身体的立場・経済事情・宗教的立場・ジェンダーに分類することができました。余暇は自分の好き勝手に過ごすものと思われていますが、自分を投影するものであり、尋ねられた人によって答えが変わりうる趣味と同様、社会的背景に基づいて好ましいと考えられるものが余暇として選択されるのです。

次に、この作業から分かるように、我々が社会通念を植え付けられているという話題に進みます。例えばテレビ番組で、VTRの画面左上などの窓に、スタジオにいる出演者のとっているリアクションが映されているということがしばしば見受けられます。食事のシーンであれば、この窓は出てきた料理がおいしそうであると視聴者に伝えるという役割を果たすことになります。そのとき映ったタレントは視聴者の模範的反応を示しています。また、バラエティ番組における字幕もその場面が面白いことを伝えるという目的があり、それは作り手の保険のようなものです。これを社会通念というには大げさかもしれませんが、「こうあるべき」という概念が表れており、これが先ほど述べた趣味や余暇活動に対する「好ましい/好ましくない」という判断基準へとつながっているのです。別の例として、1910年代の静岡から北米へ移住した人々の余暇活動に関する話が挙げられました。移住者は余暇活動としてギャンブルを盛んに行なっていましたが、それは野球へと移行していきました。これは、当時のアメリカでは人種差別が激しく、「日本人=ギャンブル」という悪いイメージを現地のアメリカ人にもたれると日本人差別を助長しかねないことから、意図的に変えられていった結果でもあるそうです。

さらに、お話は産業革命が人々の生活にどういった変化をもたらしたのかという問題に進みます。産業革命以前は労働空間は自宅が中心であったため、労働時間は自由で、労働空間とそれ以外との境目が曖昧で生活と労働が密着していたため、労働は生計を立てることだけでなく自己実現の意味も持ちえました。しかし産業革命によって、資本主義が導入され、大量生産・大量消費の文化が根付くようになりました。そのため労働環境は一変し、始業・終業時間が決まっていて、大きな組織の中で一部の作業だけをやり、正確に周りのリズムに合わせて仕事をしなければならなくなりました。こういった労働環境に適合した、規格化された労働者が増えていくにつれて、労働ではなかなか自己実現ができなくなっていきました。こうした労働の変化は余暇の変化に対応しており、余暇は生産性の維持・疲労回復・自己実現という意味をもつようになりました。

最後に、家に持って帰ってもらいたい3つのポイントについてまとめられました。まず、余暇は「深い」ということです。余暇は歴史学・哲学・社会心理学・社会学・政策など色々な切り口から考えることができます。次に、余暇は社会を映し出す鏡であるということです。人と人の間ではこうあるべきだ、社会ではこうあるべきだという考え方に基づいた社会で我々は生きているので、良くも悪くも流布している社会通念に影響されてしまいます。3つ目は、余暇活動はコントロールされうる対象であるということです。行うべき余暇活動は、戦争下でなくても様々な形で我々に刷り込まれているのです。

たかが余暇、されど余暇。自分のやろうとしていることは何のためだろうか。家族と過ごすのは何のためだろうか。そういったことを少し思い出しながらこの冬休みを過ごしてほしいというメッセージでお話は締めくくられました。

講義が終わると、来場者の方々から次々に質問があがりました。講義中も来場者に答えさせる場面があったからか、質問のハードルは下がっていたようです。遠隔配信先からもいくつか質問があがり、皆さんの関心の高さがうかがえました。予定されていた質疑応答の時間を越えてもまだまだ皆さんは聞き足りなかったようで、全体解散の後も何人かの来場者の方が先生のところに駆け寄って質問をしているのが印象的でした。


リンク

高校生のための金曜特別講座:http://high-school.c.u-tokyo.ac.jp/index.html

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掲載日:14-03-17
担当:池田拓也
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