南相馬の心のケアのために

1.活動のきっかけ・医療現場 | 2.「みんなのとなり組」


現在堀さんが取り組んでいるNPOの活動のお話をもっと詳しく教えてください。

地図

今は再編されていますけど、福島第一原発から20キロ以内の警戒区域、30キロまでの緊急時住民避難区域という風に同心円の境界線が引かれました。あの線はかなり現実的な影響の大きい線なんですよ。特にその20キロ以内の警戒区域では、すごく大変なことがありました。

南相馬市は南北に長いのですが、福島第一原発から20キロの線、30キロの線でちょうど町が3分割されます。20キロ圏内は小高区という地域とほぼ一致するんですけども、そこは特に大変です。20キロ圏内の警戒区域に、特別な許可無しで立ち入れるようになったのが今年の4月の中旬なんですよ。小高出身で、そこに戻りたいけど戻れなくて、南相馬のほかの地域である原町や鹿島の仮設住宅や借り上げ住宅に暮らしいている人たちはたくさんいました。自分の住んでいた地域に入れるようになったら、真っ先に自分の家を見に行くでしょう。

先ほど、瓦礫を片づけた話をしましたが、あれは南相馬市の原町区という20キロより外側の話で、20キロより内側は全く片づいていなかったんです。今でも、崩れた家とか自動車とかがそのままになっていて、それでも相当、民間の人が片づけをしたのですが。とにかく当時、小高の人たちは自分の家に入ってみたらぼろぼろだったわけですよね。地震のあと、そのままの姿みたいな感じで。電気は通っていたけれど、ガスや水道の方はまだ十分ではなかったそうです。除染も全くやってないから放射線量が高いところもあるわけです。つまり、何とか家に帰りたいと思いながら、ぎりぎりのところで生きていた人が、実際に家に行ってみたらそのような状態だったわけではないですか。そんな中、5月から6月にかけて、一時帰宅中の人が自殺するという事件が2件、小高と浪江という所で続きました。今でこそ少し落ち着いてきましたが、その直後は、私が受け持っていた小高地区の外来患者さんたちで気分がつらくなる人がすごく多いなと思っていました。それで、心のケアに関する活動をやらなければいけないかなと思ったら、ある程度縁ができていた地元の人たちや、南相馬市立総合病院の先生方なんかもすごく反応してくれました。

でも、いきなり、外の人間が入ってきて「さあ、みなさん、自殺するリスクが高いから自殺しないように気をつけましょう」とか言えないですよね。鬱病ならまだ言いやすいかもしれませんけど。この地区は東京よりそういう精神的な問題について、タブー視するというか、あり得ないっていう思いが強かったわけです。それでも私はちょっと堅苦しくそういうことをやろうかなって思っていたら、数名の人たち、若手の先生や純粋にボランティアの立場で入っている人たちが、「ラジオ体操するのがいいんじゃないか」とおっしゃいました。それで、もちろん私ものっかったんだけど、市立総合病院の人たちがすごく反応してくれて、院長先生まで8月中は毎日来てくれて、集まった人にスタンプを押してくれました。あれがスタートですね。それを細々と続けています。寒くなってきたので今は10人ぐらいです。参加するのはその地域に暮らしている人ですね。総合病院の近くに道の駅南相馬というのがあって、その西側に高見公園という公園があり、その周辺に仮設住宅があります。高見公園でラジオ体操やっていると地域の人とか仮設住宅の人とかが集まってくるんですね。

私たちが仲良くさせていただいている「みんな共和国」というボランティア中心の団体があります。そこは放射能のことが心配で地域で子供を外で遊ばせられないので、子供の遊び場を作ろうっていう活動をすごく一生懸命やっています。彼らはまず、室内の遊び場を作って、子供集めて、わーっと大騒ぎできるようにさせました。それから、さっき話に出た高見公園、そこは行政が除染したのですが、信頼感が損なわれているわけです。行政が除染しました、線量が低いですって言っても「ほんとうにそうなのか?」みたいな気持ちが拭えなくなってしまっているので、私も手伝ったんだけど、草むしりというか、除染作業をやったり自分たちで線量を測定したりして、本当に低いねと、ここだったら子供が遊んでも大丈夫だろうという確認をするという活動もありました。それで、私たちはその団体ともコラボしながら、そこでラジオ体操もやっているっていう感じです。

アイデアとして、ラジオ体操をみんなでやろうっていうのが出たのは、ラジオ体操のどういう効果を期待したものなのですか? 例えばみんなで会って話すとか、体を動かすとかでしょうか。

うつ病講座
うつ病講座の様子(写真提供:堀さん)

まず自殺への対策について考えたときに、これは南相馬に限定したことではありませんが、自殺予防の2つのモデルというものがあります。一つは「メディカルモデル」と言われているものです。これは、自殺してしまうような人にはやはり鬱病の合併が多いから、鬱病についての広い啓蒙活動や教育活動を熱心に行い、受診を促して、症状を改善させることよって自殺を減らそうということです。実際そういう形で取り組んでいる自治体もあります。

もちろん、鬱病についてのメディカルモデルも大事なんですけど、もう一つ「コミュニティーモデル」と言われるモデルも大事です。メディカルモデルでは死にたくなるということを病気の症状でとらえたんだけど、コミュニティーモデルではそれを人間的な反応と考えるわけです。発想としては、自殺という問題を「社会的な孤立」の病であるととらえます。すごく単純化すると、ある人がいて、その人が自分では抱えきれないほどの大きな課題を背負わされていて、とてもそれを解決する力は自分にはない。助けてくれる人もいない。この苦痛な状態から、逃げることもできない。そういう状況があるから、死にたくなる。で、それならどうすればいいかというと、孤立したときにそう思ってしまうのだから、その人がコミュニティーの一員という形で成熟して、コミュニティーとつながると自分で全部やらなくていいんだということが分かるようになります。そういうような形でコミュニティーというものが豊かになって、それと個人がつながることが、自殺予防に一番大事なのであると考えるのがコミュニティーモデルなんです。

そういった話を地元のみなさんの前でしてみたら、コミュニティーモデルについて賛同してくださいました。というのも、隠すこともなにもない田舎の村のつながりの中で生きてきた方が避難生活をしているんですよ。仮設住宅に入るときは、阪神淡路大震災の時よりは比較的住所の近い人を集めているようにはしているようなのですが、今まで顔見知りでなかった人が集まって暮らすようになって、それまでのコミュニティーが相当崩れてしまったわけです。だから私たちの団体の名前を「みんなのとなり組」としました。今はその「隣組」的なものがなくなってしまっているから、そういうものをまた復活させ、再生させることを目指す活動をしたいということです。「隣組」だからラジオ体操まではなんとなく比較的自然な流れで理解していただけるのではないかと思いますね。

ラジオ体操以外にはどんな活動をやっているんですか?

ハイキングに行きましたね。あとは、お茶会やクリスマスリース作りをやりました。それで半年くらいやってきたんですけど、やっぱりそれだけじゃつらいので、これは私中心なんですけど、仮設住宅に行って鬱病の話をしました。精神医学的なメディカルモデルの話をちょっとやりたいって言って、やらせていただいています。で、そうなってくると、私たちの活動は組織の形をつくらないとだんだん難しくなってきているなっていうので、NPO法人化を目指すようになりました。

仮設住宅の訪問はどのように行っているのですか?

アポなしで訪問している人もいるようですが、私の場合は、人のご縁で、仮設住宅でサロンを運営しているNPO法人を紹介していただきました。そのサロン活動の代表者の人が、こういう活動をしたいって言っている精神科の先生がいるよってつないでくださって、そういう人がオーガナイズしているサロンのところに出かけさせていただいて、そこで話させていただいているっていうのが、私の経路です。

そこにね、精神科医の介入を混ぜたいっていう向こうのニーズがあってこっちもあって、それをつないでくださる人がいて大変幸運でした。直接いきなり行くよりその方が、ずっと効率よくできて、大変に助かりました。

仮設住宅はどのようなところですか?

狭いし、あと、やっぱ音がつらいよね。全部聞こえちゃうっていう。トイレの音まで隣に聞こえちゃうとかさ、いやでしょ。若い人が町からいなくなる理由がわかるでしょ。あとね、意外と言われるのが、どうしても私のような精神科医だと、眠れないとか、睡眠薬とかという話題になることがあるんだけど、睡眠薬で眠って寝たらいびきがうるさいっていうまわりから言われちゃったみたいなことです。それで、精神的に滅入ってしまうっていう人はもちろんいます。

しかし最初心配していたよりは、そんなに精神的に追いつめられている人は少ないとは思いますが、1年後2年後は心配です。1年半よりその先の時期のほうが大変だったと聞いています。

音以外でもやっぱり寒いとか、問題があるのですか

寒いこともあります。それから、畑とかやっていた人が畑から引き離されてしまいました。あと、不便なところなので車が無いと生活できないんだけど、高齢者ドライバーが町にあふれているので危険な運転もあるわけですよ。ほかには、足腰が弱って動かないのでだんだんみんな太ってきているということもいわれています。

だから一緒に活動している内科の先生方は、放射能の長期的影響も心配だけど、そういう生活で糖尿や血圧のコントロールが悪くなっている人も多いので、それも深刻であると言っています。放射能を気にしているよりは、外に出てちゃんと動いた方がいいんじゃないかっていうところもありますね。現在の生活で、今、仮に問題無く過ごせるとしても、もう1年続くかどうか。鬱病が増えてしまうんじゃないかっていう心配もあります。

団体の活動資金はどのようにしているのでしょうか。

NPOを支援するNPOみたいなのがあって、内閣府が一件250万円の起業支援を行う事業が行われました。そのうちの一つに私たちが採用されまして、来年(註:2013年)の2月半ばまでという限定で250万円使えることになりました。そのためそこまでは資金は潤沢にあるんですが、その先はなにもありません。現在は、ラジオ体操をするくらいの活動内容です。しかし、組織の形ができたら、よその人が被災地の様子を知らないということもあったので、ホームページを作って、自分たちの活動をしながらそういう情報を提供することも含めて、継続できるような事業を作っていきたいと思っています。

今後、どのように3.11の出来事と向き合っていくべきなのでしょうか

人生の後半は日本人であることや日本で暮らすことをやめて、外国で暮らすことに決めているなら話は別ですけど、そうでないのなら、3.11的なものと関わらないで生きていくことは不可能ですよね。

なにが正解かなんて言うのは私にはわかりませんが、「忘れないで応援してほしい」っていうのは地元の人はよくおっしゃっています。みなさん敏感なので、すぐに「みんな私たちのことを忘れてしまっているんじゃないか」って不安になるみたいですね。私自身は、あんな事故が二度と起きないようにするための反省や振返りがきっちりなされていないことに怖さを感じます。

これはなぜ私が福島に移ったかに関わる話なのですが、私なりに、東京で生活しながら鬱とか社会とか、精神科病院の問題を15年くらい考えていました。語弊のある言い方ですけど、社会が変わってしまったのに、システムが固定したまま変わっておらず、きちんと機能していない実態があるのではないか、社会の実態とシステムの間の矛盾を取り繕うための努力ばかりを行っていてもちょっとむなしいなと思ってしまいました。それだったら、完全にシステムが破れてしまっているところへ行って立て直す方が建設的なのではないか、そういう風に思っていました。

システムをコントロールできるくらいに偉い人になるという選択肢もあると思うのですが。

私には無理ですね。能力的な問題もあるし、現在のシステムの中で情熱を保っていく自信もなくなっていました。しかし、今のシステムの中で偉くなっていい仕事をするという形でこの問題に関わるというのはものすごい大事な経路なので、それに向けてがんばる人は必要ですよね。東京大学の学生で能力もエネルギーも持っていて、偉くなって、それで世の中を変えたいと思ってやってくれるようなひとはいるでしょうから、とてもとても期待したいところですよね。がんばってください、みなさん(笑)。

システムを変えようという志を持った若者は、今までいっぱいいたと思うんですけど、なぜ最終的にシステムをうまく動かせなくなってしまうのでしょう。

開沼博さん(※2)が『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』という本を書いています。私は直接お会いしたことはないんですけれども、その本は非常に感銘を受けながら読みました。その中に、原子力ムラを含めたシステムが、前近代のものが、超近代のものをくるんでいるという風に書いています。だから、原子力発電所の事故とか、あるいは日本の賢い人たちっていうのは、一見すると近代のトップを走るような技術や知識を使いこなしているように見えますが、その一番奥底では、非常に前近代的なずるずるべったりの、内輪での、情とかとか義理とかそれによる貸し借りみたいなものを、一番大きな決定要因にしています。原子力に限らずどの業界でも、単なる「表と裏」というよりは、表に出す部分では非常に近代的な理念とか技術とか知識とかを掲げて、くるまれている根本的なところでは前近代的なずるずるべったりして、内輪の貸し借りのつじつま合わせを重要視している。そのような社会で、基本的人権のような近代的な理念みたいなことを本気で実現しようとする人は、そこからはじかれちゃうっていう社会であるように私には思えます。

そうすると、そのような近代的な理念みたいなことを言わずに自分の内に押さえられる人、つまり、とんがった理屈を言わないで内輪のずるずるべったりを守り続けるという人じゃないと、偉くなるまでその中で信用されない世の中になっている。そして偉くなる頃には、もうものを言わない人間になっている。今の日本はそのような形で完成してしまっている世の中に、私には見えています。

つまり社会の中でそういう人を作り上げるシステムが完成されているということですか。

そうですね。だから、近代的なものを抱えているようだけれど、内側の人間関係とか力関係というのに背く人は、偉くなるシステムから脱落してしまう、そういう風にしてシステムはいつまでも維持されてしまうのではないかと思います。それでも、30年くらい前の科学技術も知識も今より遅れていてインターネットとかも無くて、かつ、日本に若い人が多かったときは、エネルギーと勢いで乗り越えられました。しかし、現在のこれだけ高齢化が進んで社会も複雑になって世界中に飛び交う情報の量が増えた中では、そのシステムを採用したとしても、必ず破綻するのではないか、そんなことを思っていたら、東京で仕事をやりたくなくなってしまったというのもあるわけですよ。ちょっと悲観的すぎるかもしれませんけれども。

でも、狭いネットワークの結びつきが本質的に日本の社会を決めているのは、必ずしも悪いことではないと思うんですよ。それがいけないというよりは、何でもそれだけでやろうとすることがいけないんです。本当に分からないときはやはりアウトソーシングしないといけない。私が言うのもなんだけど、社会を動かしている中枢の人たちに、人間関係の作り方や問題解決のスキルや技術が足りないんじゃないかと思います。何でも内輪の中だけで済まそうとして、メンツを守ろうとして失敗して後手後手になっているところも多いんではないかなというのはありますよね。

ここはアウトソーシングすべきところであるとか、ここは仲間内でやった方がうまく回るところだとかそういった判断はできなくなってしまうのは、人間関係に縛られてしまうということですか?

感情面でのトレーニングが必要であるという点を含めてそうなっているとは思いますよ。義理に背いてお家に恥をかかせることの申し訳なさっていうのを、感情として体験されたんじゃないかと思います。内輪の恥を外にさらすことに抵抗を感じていると。

もちろん、内輪のつながりが大事であることは確かです。今度NPOを立ち上げるにしても、友達が手伝ってくれたりしていますし、そもそものきっかけも東大少林寺拳法部のつながりがポジティブに働いている、という風に思ってもらえるとうれしいですね。

最後に、堀さんの将来の目標を教えてください。

一番基本なのはNPO法人の立ち上げですね。NPOが信頼される形で安定して事業を営めるようになり、南相馬市を中心とした地域の復興に貢献できるような活動を行えるようになりたいと思います。それから、さきほど話したようなシステムへの疑問とか問題とかみたいなものを、自分なりのまとめたものがあるので、それを何らかの機会に発表してみたいとは思っていますね。

ありがとうございました。

(※2)開沼博 1984年福島県生まれ。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。現在、同博士課程在籍。著書に『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』(青土社)ほか。

プロフィール

堀有伸(ほり・ありのぶ)

 1972年東京都生まれ。1997年東京大学医学部医学科卒業。精神科医。2012年4月より雲雀ヶ丘病院に常勤する。

NPO法人「みんなのとなり組」認証申請中http://www.facebook.com/37ton


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掲載日:13-03-06
担当:平山いずみ
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