工学にロマンを取り戻したい

 2007年7月から工学部広報室で働いている内田麻理香さん。その経歴は一風変わっている。東大工学部応用化学科で大学院博士課程に進学するも中退し、専業主婦に。その後、家庭での疑問を科学的に分析し、解説するホームページ「カソウケン(家庭科学総合研究所)」を立ち上げ、本も出版した。そして、約7年ぶりに東大工学部に戻ってこられた内田さんに、工学に対する思いを伺った。

ガンダムがきっかけで東大へ

内田麻理香さん

 私は小さいころから、科学が好きでした。子供図鑑を見ながら、ムラサキツユクサを採ってきて、色を変える実験をしたり、紅茶にレモンやハチミツを入れると色が変わる様子を実験したり、身の回りにあるものでいろいろと試していました。電熱器で炙り出しをする実験で火事を起こしかけたこともありますね。

 その後、本格的に理系の道を志すきっかけは、実はガンダムでした。ガンダムを見て、宇宙コロニーを作りたいと思ってしまったんです。あんな巨大なものを作るにはやはり国の機関に入らなきゃいけないということで、官僚になるなら東大かなという安易な発想ですね。

 また、高校のときに化学の授業を全部実験でやってくれる先生がいまして、そこで化学のおもしろさを知り、大学に入ったら化学を専攻したいと思うようになりました。

大学院博士課程に進学するも、結婚し、中退

内田麻理香さん

 高校卒業後、理科一類に入学して、希望通り工学部応用化学科に進学しました。研究室での専門は分析化学で、すごく薄い液体の中から、分子1つを測定する機械の開発に関わる、微量分析がテーマでした。化学というと、白衣を着て、試験管を振っているイメージが強いですが、分析化学はどちらかというと、物理に近くて、顕微鏡とレーザー光を使って、設備も大掛かりなものでしたね。

 卒業論文のときに「神様が降りてきた」感じで、ラッキーなデータが出たりするなど、研究が面白くなってきたので、そのまま同じ研究室で博士課程まで行きました。しかし、研究者というと一つのことを突き詰めることができる人だと思うんですが、私は、科学は好きでしたが興味が発散しがちで、本当に研究者に向いているのか、疑問を持ち始めていました。

 大学院の博士課程に入った直後に結婚したのですが、当時、夫が仙台にいまして、夫との物理的距離の隔たりに加えて、自分は研究者に向いているのだろうかという疑問は拭いきれず、大学院を中退して専業主婦になりました。

家庭を科学する

内田麻理香さん

 大学院を中退してからは、何か手に職をつけたかったので、文系と理系の中間のところで仕事ができる弁理士の資格を取ろうと思っていました。弁理士だったら、夫が転勤しても続けられると思ったので。しかし、出産の関係で、それは断念しまして、出産後は子育てに専念していました。

 その後、趣味で、子供の写真を掲載した親バカホームページを作ったりしていたのですが、それがちょっと面白くなってきていたので、苦手な家事と好きな科学を組み合わせて何かできないかと思い、「カソウケン(家庭科学総合研究所)」というホームページを立ち上げました。

 普段、家事をやっていると、疑問や失敗が多々あるのですが、それを科学と結びつけて、調べた結果をホームページに載せてみようと思ったんです。例えば、プリンのカラメルを作るのになぜ失敗したんだろうとか、ご飯はなぜ低温だとおいしく炊けないんだろうとか、家庭で起こる身近な疑問を科学的に考えています。

 あるとき、コピーライターの糸井重里さんが主宰している「ほぼ日刊イトイ新聞」というサイトを見ていたら、「一緒に何かやりたい人はメールください」と書いてあったのでメールしてみたら、すぐに「一緒にやりましょう」という返信が来まして、そちらでの連載も行っています。それが出版社の方の目に留まって、『カソウケン(家庭科学総合研究所)へようこそ』という本の出版にもつながりましたし、一つの転機になりました。

 一本の記事を書くまでには、かなり調査をしています。基本的には二次文献が多いですが、ときどき論文に当たったりもします。家にいると論文からすごく離れてしまうので、いいトレーニングになりますね。

工学部広報室へ

内田麻理香さん

 カソウケンの活動がきっかけで雑誌などを通してサイエンスライターをしていたのですが、新たに書く仕事を探していたところ、学生時代の担当教官である応用化学科の北森教授を通じて、2007年7月から工学部広報室でお世話になることになりました。広報室長である社会基盤学の堀井教授と別のお仕事で面識があったおかげでもあります。人との繋がりはありがたいと実感しています。

 広報室では、報道機関に流すプレスリリースのチェックをしたり、一般向け広報スペースT loungeの管理をしたり、外部向けのセミナーの準備をしたりといったことをやっています。また、自身で工学部の活動を紹介するブログ「T lounge blog::東京大学工学部広報室」を立ち上げて運営しています。自分の専門だった化学以外は分からないことばかりなので、毎日が勉強という感じです。

 最近の主な活動としては、高校生向け実験教室「工学体験ラボ」を開催しました。先生方にお願いしてセミナーや実験をしたり、工学部の学生さんとの懇親会を設けたり、といった内容です。参加された高校生の方々からは、高校の授業では受けられない実験ができて楽しかった、先生と話ができてよかったなど、ご好評をいただきました。

 約7年ぶりに東大に帰ってきた訳ですが、私の学生時代と比べて、大きく変わってきていて、びっくりしています。私が学生のときには、構内にスターバックスもなかったですし、赤門脇のコミュニケーションセンターもありませんでした。外部に開かれた大学になってきていますね。

 学生さんの活動にしても、私が学生だったころにはなかったものがたくさんあります。工学部広報室でも、約10人の学生アシスタントさんが中心となって、「Ttime!」という工学部広報誌を発行しているのですが、それも2004年に始まったものです。昔に比べて、大学と学生の距離が近くなり、お互いと協力しあって、よい相乗効果が生まれるような環境ができてきていると感じます。

工学にロマンを取り戻したい

内田麻理香さん

 私の野望は、工学へロマンを取り戻すことです。

 家の中を見渡しても、工学が関わっているものばかりで、工学無しには生きていくことはできません。それが当たり前の環境になってしまっていますが、陰には研究者の方々の努力があり、工学に対するロマンが詰まっているということを伝えていきたいですね。

 また、ここ10年の大学入試を見ていますと、理学部、医学部、歯学部などは横ばいなのに対して、工学部の志望者は半減しています。高校と大学の勉強は、理学だとつながりが強いのですが、工学の場合、すごくギャップがあり、高校の教科書の内容から、大学で学ぶことの想像がつかないと思うんですね。そして、単に数学や理科を勉強するよりは、それらの法則が実際に役立っているという具体的な例を示されると興味が湧くと思うんです。カソウケンの活動でも同じことが言えますが、具体的な事実と勉強の内容が繋がるととても楽しい。同じように、高校の勉強と大学の工学のカリキュラムを繋げられるような広報をしていきたいと思っています。

 さらには、若い人だけでなく、幅広い年齢層の方に工学の魅力をアピールして、工学が世の中の役に立つ学問であることを伝えていきたいと思っています。広報室の活動を通して、日本全体の工学人気の底上げに貢献していきたいですね。

 私は研究者に向いていないと思い、大学院を辞めて、工学を離れてしまったのですが、今になって、工学のおもしろさを再認識する毎日です。子供のころに科学が好きだった気持ちは、今も変わっていないのかなと思います。

プロフィール

 1974年千葉県生まれ。1997年に東京大学工学部応用化学科を卒業し、1999年工学系研究科応用化学専攻修士課程修了。同研究科同専攻博士課程進学後、退学して専業主婦に。その後、ウェブの活動をきっかけに、各種媒体を通じて科学を伝えるサイエンスインタープリターとして活動を始める。その後、現職(工学部広報室特任教員)に至る。出版物として『カソウケン(家庭科学総合研究所)へようこそ』(講談社刊)がある。

T lounge blog::東京大学工学部広報室

カソウケン(家庭科学総合研究所)


内田麻理香
『カソウケン(家庭科学総合研究所)へようこそ』(単行本)
2005年(講談社)

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掲載日:07-10-09
担当:伊藤陽介
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