日本に豊かな教育を

戸瀬信之先生

 東京大学の数学科のOBであり、現在慶應義塾大学と東京大学で教鞭を執っている戸瀬信之先生のお話を伺った。教授として大学で学生に数学を教える一方で、学生の学力低下について問題意識を持ち、『分数ができない大学生』という本の著者としても知られている。戸瀬先生はどのような学生時代を送り、教育についてどのように考えているのだろうか。

学生時代を振り返って

 今は数学の教授をやっているけど、10代の頃から数学の道へ進もうと思っていたわけではないです。僕は1年浪人したけど、現役の時は医学部を受けて落ちた。浪人時代に予備校でいろいろな出会いがあって、やっぱり数学か物理をやろうと思って理科一類を受けた。予備校にいらっしゃった物理の先生の影響が一番大きいかな。あとは東京に出てきて田舎では手に入らない「ファイマン物理学」なんかを読んでいるうちに、医者になろうって気分が無くなってきたからかな。駒場にいたころは、数学と物理どっちの道に進むか大いに迷ったね。実際両方ともけっこうがんばっていたからね。でも進学振り分けの時は迷わずに、「数学でいいや」みたいな感じで数学科にいった。それからは数学しか勉強しなくなっちゃったね。

 東大を受験したのは東大に特別な思い入れがあったというよりは、成績が良かったから他に選択肢がなかった。でも、東大でよかったと思うことは多いから、やっぱりこれでよかったんだろうね。東大は他の大学と比べると先生や学生のレベルが高い。天井がないという世界だね。もちろんいろんな分野で東大出身じゃなくても能力を高めて立派になった人はたくさんいるだろうけど、結果として見ると東大出身者が強い力を持っているのは事実かな。でも慶應義塾の教授になってみて、東大の一極集中に近い今の日本の状況は豊かで健全な日本を思うと好ましくないのかもしれないと感じます。

 僕が学生だったころの東大と今の東大を比べるとやっぱりいろいろと違うね。東大生の印象で言うと、今の方が田舎っぽくなくなっていると思う。昔はアディダスの紺色の薄いジャンパーを着ている人とかが多くいて、そのファッションが「駒場トラディショナル」なんて呼ばれていた。今あまりそういうファッションを見かけないのは、ある意味で社会が豊かになったからじゃないかな。あと、進学振り分けってシステムは僕のころからあったけど、時代が変わると人気の学問分野も変わるよね。当時は、地球科学と情報が人気だった。学科の名前を挙げると、地球惑星物理学・天文学・情報科学って感じかな。キャッシュディスペンサーなんかは入学した79年頃には既にあったけれど、個人の手の届く範囲での計算機は目新しいものだった。そんなわけで、情報科学なんかは当時の憧れだったね。学生のころあまり計算機科学が好きになれなかったけど、いまは計算機おたくです。日本数学会でおたくの元締めもしています。

戸瀬信之先生

 東大で少々不満足だったのは1,2年の時に数学とか物理とかの勉強をもっとしたかったのにコマ数が足りてなかったことかな。僕自身は好きだったけど、後になってやっぱり無駄だと思ったのはドイツ語。僕の時は今と違って2年生まで第二外国語があったんだよね。あと、つまらなかったのは英語だね。なんのためにやったのかわからない。教える側もあんまりやる気がなかったように思える。今は英語科が本とか出してがんばっているみたいだけど。先生がやる気ないというのはドイツ語なんかでも顕著で、女性の先生が「これ覚えるしかないですね〜」と言いながら「der des dem den」(注:ドイツ語の冠詞の変化)とか言いはじめて、一所懸命全員で「der des dem den」とか言う。そりゃないよとか思ったね。でも今でもそんな感じなのかな?僕は今でも冠詞の変化とか言えるけど、ドイツ人に「なんでそんなものまで覚えたのか」って驚かれる。それで、「必修だったから仕方なく」とか答えます。僕は駒場にいた頃は、数学とか物理とかを勉強するためにドイツ語やフランス語を覚える必要があると思い込んでいた。僕より10年くらい前の世代の人はそれが当然だったんだろうけど、実際は僕の世代になると、英語の本や日本語の本も増えてドイツ語やフランス語を覚える必要がなくなっていた。当時数学科のあった本郷に行った瞬間そんな語学の勉強は意味が無いってことがわかって、すぐにドイツ語を忘れてしまった。いや、「der des dem den」くらいは言えるけどね(笑)。

 もちろん語学ができるようになると得することはあると思うよ。フランスに2年くらいいたせいもあって、ドイツ語よりフランス語のほうが話せるけど、向こうの人はフランス語で話しかけると喜んでくれる。だけど社会人になっても第二外国語で学んだことを保っていけるほどの能力までいかないよね。それが全ての問題だと思う。単に第二外国語に触れるためにかけるコストが大きすぎる。ほとんどの人、特に理系の人はあれだけのコストをかけても、得るものが少なすぎると思う。でも、理系の中で言えば数学は語学が必要な方かな。数学はものすごく古い本まで読むからね。生物学者とかだと、分野にもよるかもしれないけど、6ヶ月以上も前の論文なんてあんまり読まないんじゃないかな。数学みたいに100年や200年前のものを読むことは無いと思う。そういう意味では数学者ってちょっと変わっているのかもね。

卒業後の経歴

戸瀬信之先生

 僕は学部を出た後は修士課程に行って、その後は博士課程に進んだけど、半年で退学して愛媛大学の助手(現在の助教)になった。愛媛大学の同僚に失礼だけど、行った瞬間に東京に戻りたくなったね。まるで「坊っちゃん」でした。やっぱりちょっと田舎だった。1年半そこにいて、そのあと東大の助手になったけど、着任した瞬間、指導教官に早く出て行けって言われたよ。あまり助手を長くやらないで助教授(現在の准教授)とかになれって意味だったんだろうけど、来て早々にそんなこと言うなよって思ったね(笑)。まぁ年を取って少しは先生の態度も正しかったと思うようになったけど。そこに3年半いたかな。そのうち1 年半はパリで客員の助教授やっていたけど。その後は北大に2年半いて93年に慶應義塾に来て、それ以来ずっとここにいるから慶應義塾にいるのが一番長いね。普通の数学者はこんなに転々とするものじゃないんだけどね。教授になったのは10年くらい前で、それで10何年の間に学力低下問題というものに関わってしまって、本を出したりテレビに出たりして大変だったよ。

教育について思うこと

 学力低下問題というのは今に始まったことじゃなくて、随分昔からあった。20年くらい前からあったんじゃないかな。僕らの世代の頃の教育のパフォーマンスは世界的に見ても驚異的な出来だった。それが、長い時間が経ってだんだんと落ちてきた。慶應義塾の経済学部は、昔は慶應義塾の看板だったけど今では入試で数学をやらなくても入れるようになったせいで、2次方程式や分数の計算ができるか怪しい人たちまで入ってくる。社会全体の雰囲気がそういうことを問題にしないので、そんなんでいいのですかってことが言いたくて、『分数ができない大学生』っていう本を出すことになった。学力調査もわざわざやって、中学生の分数計算をやらせたりした。実際その結果は予想以上に悪かったね。本を出してすぐ問題が解決されるなんて楽観的なことは考えていなかったけど、問題提起にはなったんじゃないかな。実際、10月末に新指導要領に関する報道があって、足掛け10年ですね。

 なんで学力低下が起こったかというと、旧文部省が始めた「ゆとり教育」という失策がすべてだけど、これに加えて、20年前のバブル経済の時とか特にそうだったけど、真面目に勉強することが下らないという風潮が強かったのと、社会が豊かになって私立大学に行ける人が増えたせいで、私立が受験科目を減らして客集めに走ったせいなんだよね。やっぱり私立も受験科目を増やした方がいいと思う。特に、私立の文系の入試科目の英語と社会って組み合わせはよくない。どうせ減らすなら国語と数学の方を残した方がいい。英語と社会は国語と数学に比べると、短期間で点数が上がってしまうから、あまり能力の指標にならないと思う。最近では国立まで悪い方向に進んでいて、受験科目を減らしたり、後期入試なんて一科目入試に近いことをやり始めた。それと比べると東大はまだしっかりしているよね。東大の収容能力を考えれば文科一類や文科二類の定員を倍くらいに簡単に増やせるだろうし、そうすれば収入を増やすことができるでしょう。今のところ東大はそういうことをしていないどころか、文科一類の定員を減らしている。実際そんなことをしても日本のためにならないだろうしね。

 現在の教育は他にも問題を抱えているよね。教育における格差とか。旧文部省の政策の影響で公立の教育が悪化してしまったのと、経済的に豊かな人が増えたせいで、優秀な生徒が私立に集まってしまった。特に東京都の場合は、学校群制度というのがあって、自分の行きたい都立の高校を選べないひどいしくみがあった。そんなことだから市民の支持を得られなくなってしまい、私立に生徒が集まる現象が加速してしまった。それで東大生の多くが私立出身者になってしまったわけね。都立からの東大入学者は、今は少しだけ盛り返してきたけど僕の頃と比べると明らかに減ったよね。ゆとり教育の弊害と言っていいんじゃないかな。括弧つきの進歩派の人たちが、勉強しないことはかっこいいことのように一所懸命宣伝して、それでこの人たちがゆとり教育を支持したわけね。その結果東大に行くためには、例外はあるだろうけど、塾へ行ったり私立へ行ったりする必要が出てきてしまった。でもこういうのってある程度の経済力が必要でしょ。公立の教育には貧富の差を縮める役割があるんだから、しっかりしてもらわないとまずいよね。それが分からないから「進歩派」の人たちはいつまでも括弧つきですね。

 今は相当の昔に比べると、日本全体がある程度豊かになってきたから階層差は縮まったと思うけど、最近は機会が均等でなくなってしまったように思う。教育の面でギャップがあるのは、あまりいい社会とは言えない。何がいけなかったかというと、教育学者たちがアメリカの教育原理とかを盲目的に導入したことなんじゃないかな。日本の社会には合わない。依然として激しい教育競争があるのに、公立の学校がゆとりだとか言っていたら、そりゃ塾とか私立に人が流れちゃう。誰が週3コマの数学しかない公立中学に子供をやりたいと思う?

学生へのメッセージ

戸瀬信之先生

 今の世の中でもう一つ変だなと思うのは、心理学がすごく浸透していること。どうしてこんなこと言うかというと、心理学ってそんなには進んでいない。進んでいないっていうのは、そんなにすばらしい段階まで人間の心理が解明されたわけではなく、知的な活動が分析されているわけでもなく、表面的なものでしかないってこと。仮説とモデルでしかないわけね。でも、それを真理のように言いふらす人たちがいる。よく「こんなあなたはこういう職業に向いています」とか言って、自分に合った職業だとか分野だとか言うけど、そんなのわかるはずがないよね。学生のうちに自分の能力開発が終わるわけじゃないから、自分が何に向いているかという問いに正しく答えることなんてできない。僕だって今でも自分が数学者に向いているかどうかなんてわからない。結局、自分が面白いと思ったところにいくしかないわけね。それで長い時間をかけて自分を高めていってほしいと思う。それから、日本国内での相対的な優位を目指すのではなくて、世界を目指してほしいです。それができるくらい豊かな社会になったのだと思っています。その「豊かな社会に豊かな教育を」というのが私の信念です。

プロフィール

 1959年生まれ。83年東京大学理学部数学科卒業。現在は慶應義塾大学経済学部教授。理学博士。専攻は代数解析学。京都大学の西村和雄教授らと99年『分数ができない大学生』、2000年『小数ができない大学生』を出版するなど、著書多数。

このページにコメントを送る
このページへの評価:
いい!よくない!
掲載日:07-11-07
担当:栗田萌
*