自分らしい生き方を

「東大法学部卒の異色ジャズシンガー」。鈴木重子さんの紹介にはこんな言葉がついて回る。

 司法試験に3回挑戦しながら、ジャズクラブでの活動を続けた後、プロのボーカリストに。一見、回り道とも思えるが、それが鈴木重子さんらしい生き方なのかもしれない。


鈴木重子さん

勉強ができすぎてしまったから東大へ

 最初の音楽との出会いは、母の子守歌だったと思います。それがとても美しく聞こえて、私もあんな風に歌えたらなと思ったのを覚えています。3歳からピアノを始めたのですが、音を聞くのが大好きで、耳に入ってくる音を口に入ってくる食べ物を味わうみたいに楽しんでいました。中学の2年生のときに合唱大会でソロのパートを任されたのを期に本格的に習い始めました。

 高校のときは、フュージョンバンドでベースを弾いていました。3歳のときからずっとやっていたピアノのお稽古はサボリがちでしたが、ベースは楽しくて毎日練習していました。ただ、他にちゃんと学校の勉強の予習とか復習もしていたところが、当時の私の偉かったところ。東大を受けようと思ったのは、勉強ができすぎてしまったのが原因ではないかなと思います。当時、模試を受けたら、文系ならどこでも入れるような偏差値が出てしまったので、自分が入れる一番いいところにいこうと思い、文科一類に進路を決めてしまいました。文科一類は法学部だってことは分かっていたのですが、何をやりたいのか考えないで進路を決めてしまいましたね。

 しかし、東大に入ってから、愕然としました。法律の本を読んでみても、ちっとも面白くなかった。自分が今まで勉強したものの中で、こんなにつまらないものはないぞってくらいつまらなかったのです。結局何年やっても面白くなかったですね。私には本当に向いていない学問でした。

楽しいことをやろう

 司法試験を目指そうと思ったのは当時、特別やりたいことがなくて、とりあえず資格を取れば何かできることがあるのではないかと思ったのがきっかけです。あとは、たぶん、人と競争するのがもう嫌だったのだと思います。司法試験も競争ではあるのですが、資格を持っていれば自分で何かやりたいことができるかもしれないと思ったのですね。

 音楽サークルに入ったのは大学2年のときです。当時はスティービー・ワンダーとかソウル系の歌を歌っていました。それで、もっとうまくなりたいなと思って、ジャズボーカルを習い始めました。何でジャズなのかというと、当時好きだったソウルには何となく違和感のようなものを感じていて、これは自分に向いていないのかなと。今のポップス音楽の基礎になっているのはジャズなので、基本のところを学びなおしたら自分らしいスタイルが見つかるかもしれないと思って、ジャズを習うことにしました。これをミュージシャンの人に言うと、すごく論理的でさすが東大生だねって言われますけどね(笑)。

 司法試験の勉強をしながら、ジャズクラブでアルバイトをしていました。結局、大学は2年間留年して、卒業後も2年ほど勉強を続けましたが、お先真っ暗状態で勉強は全然進まないし、自分は何をやっているのだろうと思いながら過ごしていました。

鈴木重子さん

 ただ、その中でも歌を歌える時間だけが暗闇に開いた青空のような感じでした。ある夜、ライブのドレスのまま電車に乗ってジャズクラブから帰るときに、「あのお客さんがまた来るとか言っていたな」「ちょっと失敗しちゃったな」とか、その日のライブの余韻に浸っていたんです。ふとその時、「今こんなに幸せだったら、同じことを毎日続けていけば何十年後も幸せなんじゃないかな」と思ったのです。それが、これから歌で生きていこうかなと思った瞬間ですね。とにかくやりたくないことはやめて、自分が今やっていて生き生きと感じられること、本当に楽しいと思えることを毎日やっていこうと決めたのです。

 過去を振り返って考えてみると、高校から大学に入るときとか、そのときどきで自分が本当に何をやりたいのか考えていればよかったなと感じます。自分が本当にやりたいことを仕事に選ぶのは、長続きしたり成功したりするのには大切です。一生のうちのすごく長い時間を費やすわけなので、楽しいことをやるのに越したことはない訳です。

「東大卒のジャズシンガー」という異色の経歴

 私は「東大卒の美人ジャズシンガー」として紹介されることが多いようです。なぜ美人がついているのかは分かりませんが(笑)。

 東大にいたときは勉強が大変でどうしようと思いながら過ごしていたのですが、今になって思うのは、あの美しいキャンパスでいろんな面白い友達に囲まれて、毎日を過ごしていたというだけでもすごく価値のあることだったなということ。誰もができる経験ではないので、本当に東大に行ってよかったなと思います。

 例えば、私自身、音大に入っていたらどうなっていただろうと考えることがあるんです。音大を出た方たちは、私が持っていない音楽の基礎とかを持っていて、それがすごく羨ましいと思うことがある一方で、もし私が音大に入っていたら、大好きな音楽で競争しなければいけなかったんでしょうし、それは私が法律の勉強をしていたときに経験したことと同じことが繰り返されていたかもしれない。そして、今ごろ別の仕事をしているかもしれない。だから、回り道のような気がするのですが、私がこういう道を通って今ここにいるということはある意味完璧なことであるかもしれないなと感じます。

デビュー10周年を迎えて

 私は今年でデビュー10周年を迎えました。

 デビュー当時から今でも、歌が好きだという気持ちは変わっていません。ただ、最初のうちはうまくなりたいという気持ちがあったのですが、長い間歌っていて感じるのは、本当に人の心を動かす歌というのは、テクニカルな部分の奥からでてくるものであるということ。自分の精神のありようとか自分の生き方が、結局全部歌に現れてしまうんです。つまり、人として、より充実して生きる、自分らしく生きるというのは、結局私にとって、よい歌を歌うことと同じなんです。

 歌うときの気持ちの変化という面では、以前はハッピーなことをたくさん伝えたいなと思って歌っていたのですが、自分の中の痛みみたいな部分にも目を向けてもいいんじゃないかなと思うようになってきました。うれしいだけで過ごしていると疲れてくるじゃないですか。毎日毎日お日様が照っていたら砂漠になっちゃう。ときどき雨がふらなきゃいけないし、嵐も来るかもしれない。そういう意味では、よりナチュラルで楽になったかもしれない。たまには泣いても怒ってもいい。不安定な人同士が一生懸命生きているから人間は素敵なのかもしれませんね。

鈴木重子さん

 今まではボーカリストとして活動してきましたが、今後はもっといろんなことに取り組んでもいいかなとも考えています。例えば、子供と一緒に音楽を楽しむといった教育関係の分野に興味を持っています。朗読、ナレーションなど、声を使った音楽以外の声の可能性も考えたいと思っています。今までやってきたことから派生しているのですが、今後はもう少し直接的に社会に還元できることをやってみたいですね。

 そのときどき自分が生き生きできることをやって過ごす、逆に言うと今自分がやっていることを100%楽しむ。それが充実した日々を過ごす秘訣なのではないかと思います。


鈴木重子氏:
静岡県浜松市出身。東京大学法学部在学中に、本格的にボサノヴァ、ジャズボーカルを習う。司法試験に挑戦しながら、ジャズクラブでの活動を続けた後、ボーカリストに。1995年、アルバム「プルミエール」でメジャーデビュー。現在は音楽を中心に、TV・ラジオ出演、エッセイ執筆など、ジャンルを超えて活動中。
2006年1月25日、デビュー10周年記念アルバム「Silent Stories」リリース予定。

 オフィシャルホームページ http://www.office-giraffe.com/

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掲載日:05-12-22
担当:伊藤陽介
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取材場所:文化シヤッター
BXホール