研究者への夢

多くの人は研究者をどこか遠い存在の人物として感じるのではないだろうか。けれども「研究者になる」そう子どものころから夢見てきた東大生がいる。

愛しの四角形

樋口さん

物を作るのが好きという理由で僕は物理の道へ進むことを選びました。子供の頃からものを作ることがすごく好きで、割り箸でバズーカ砲のようなゴム鉄砲をつくって紙コップに当てたりしてよろこんでいました。勉強が苦痛じゃなくて、勉強が好きだと自覚をしていたちょっと変な子だったかもしれないです(笑)。

大学に入ってからはあまり迷うことなく進学をしてきました。進学振り分けや修士課程への進学など何度か選択を迫られた時はありましたがその時にあまり迷わなかった印象があります。事前にいろんな情報を得ていたことがよかったのかな。例えば駒場の1,2年生の時に自主ゼミに参加し、理系の学問の中でも特にあこがれを持っていて好きだった数学を勉強していました。それを2年間やり「これは無理!」と自分に向いていないことに気がついていたんです。おもしろいとは思ったのですがこれで自分は飯を食ってはいけないなと。

それから2年、今はペロブスカイトのあの四角形が愛おしくてたまりません(笑)。文字どおり研究室にこもって朝から夜まで、ひどいときは3時ごろまで研究をやっています。研究室に配属されてからのこてこての研究生活はすごく楽しいです。普通の授業を受ける生活とはだいぶ違います。世界中で自分しか知らないことや、自分しか持っていないデータが生まれてくる、そういう世の中の知識の誰も知らない部分を開拓できているんじゃないかと思えること、それがすんごい楽しいんです。そのための下積みの勉強も楽しくなってきます。東大生の誰しもが将来的には研究に限らず何かアウトスタンディングなことをする人になっていくんだと僕は思っているので、誰もしたことがない新しいことを楽しむという感覚を大事にしていきたいと思っています。東大の柏キャンパスは特にまわりに何もなく研究にはまれる人にとってはとても良い環境です。本郷だとまわりにいろいろあったり女の子もいたりするけど(笑)、大学時代に柏で山篭りというのも東大の一つの楽しみ方ですよね。オススメします。

自分は研究者になるんだと小さい時からずっと思っていて、それが変わっていないんです。この道を外れるということをまだ考えたことがないとも言えるでしょうか。もしかしたらこれから揺らぐのかもしれませんが、それはその時に考えようと思っています。たぶんこの一年から一年半ぐらいでそういう時期がくるのでしょうね。大学院を卒業した後はそのまま研究室に残るか、もしくはボスがアメリカ人なので友達のところに紹介してもらうなどの選択肢があります。日本に残るか、外国に行くか、もしくは就職してしまうか、何が起こるかわからないです。ただどの道にいっても東大で過ごしてきたこと、これから修士課程でやることがそこで活かせると思っています。

五月祭とコミュニケーションの場

五月祭チラシ

僕は昔からすごく目立ちたがりだったんですよ。まぁ見たら分かるかもしれないですけど(笑)。大学時代で一番変わったのは、自分から目立つことを意識して生きていかなくても大丈夫かなと思うようになったことだと思います。うーん、目立つ人生は満喫したからでしょうか。大学では目立たせてもらってその酸いも甘いも教えてもらった。僕は自分をアピールすることが得意だとは思うんです。でもそれにとどまるのではなくて、例えば先生にアピールできるということを使ってどのように次のステップに上がれるかということを考えたい。今はそう思うようになりました。例えばどうすればもっと人のモチベーションをあげていられるかとか何が人のためになるのかということを意識することに今は関心があります。

モチベーションを作ることも僕の得意なことの一つだと思います。これまで1年生で茶道、2年生で空手、3年生でスターバックスのバイトに打ち込んできて、4年生では物理にはまりました。ちょっとした転機はそれぞれあったと思うんですけど新しいことに対してあまり抵抗のない人間なんだと思います。

4年生になって五月祭で学科主催の展示を企画しました。「やりたい!」とわがままに言ってみたら、まわりの人が乗ってくれて、どんどん企画が進んでいきました。僕のモチベーションは企画がないのなら作りたいというシンプルな想いから生まれました。実際に動き出して大変だったことは、過去に何もなかったところに何かを作り出すということです。他の学科の経験者の人に教えてもらいに行ったり、初めての体験ゆえに作業時間に見込み違いがあったり、といろいろとあったけれど、その分やりがいを感じましたし、優秀なスタッフが素晴らしい企画にしあげてくれました。学科の後輩には、これをぜひとも来年以降も続けていってほしいと思っています。学園祭の企画を通して3年生と4年生、学科内の縦のつながりを大切にする場ができると思うんです。他の学生との交流が勉強に対するモチベーションの向上につながるといいなと思います。自分が上の学年になった時、後輩にそういう機会をつくってあげたいと思ったことも企画を開催した理由の一つでした。

将来的に僕は科学の道に何らかの形でずっと関わり続けていくと思います。科学者は自然と人間をつなぐ存在であり、自然のよくわからないこと、美しい部分を人が理解できる言葉に翻訳していくことがその仕事だと思っています。だから今は物に対してのめりこんでいる生活を、いろいろ伝えていくという意味で人とのつながりも大切にしながらやっていきたいと思っています。コミュニケーションは科学をやろうと思う人には大事なことだと思っています。人とのコミュニケーションが苦手だから物に向かうというのは少し違うと思うんですよ。自分のやったことを人に対してだしていくということを研究の世界の中だけでなく、その外の世界とのつながりも大切にしていきたいと思っています。

東大生の責任

樋口さん

実は僕は小さいときから大学といったら東大だと思っていたし、職場といっても東大だと思っていたんです。それは父親が東大の工学部で働いているからです。僕は東大に行くかどうかで迷うことはなく、東大に入って自分のモチベーションをどうやって保っていくかということを考えさせられたんです。

駒場にいた頃、まわりの人を見てなんでこんなことしているんだろうとすごく疑問に思ってしまったんです。迷っていることをいいわけに何もしないというのはよくあることです。1,2年生の時に迷うことは問題ないのですが、何かおもしろいことを見つけてほしいと強く思います。初めのモチベーションは高くなくても続けていくうちに楽しめてしまうものだと思うんです。もしつまらなかったらそれからやめればいい。だからなにか楽しいと思えることを見つけてほしい。昔は僕は東大の定員減らしてやる気のない人はいなくていいとか叫んでいたこともあったのですが、今はそれぞれの人がしっかり各々の環境でやってくれればいいと思うようになったのです。3年生になって駒場から環境が移ったことで、自分も周りも次のステップにきたと思うからでしょうか。ただ3年生になっても未だに駒場にいれば、いらつきを感じることは間違いないと思いますが(笑)。(編注:東大では、進学振り分けを経て3年生になった時に多くの人が駒場キャンパスから本郷キャンパスへ移動するが、教養学部後期課程や理学部数学科に進学した人は駒場キャンパスに通い続けることになる。)東大生にはしっかりと地に足の着いたエリート意識を持ってほしいと思います。うかれるわけではなく、ひけらかすわけでもなく、しっかりと責任は果たすぞという意識を持って、東大に入ったということは、形式的なことではありますけれどそれだけの能力を持った人であるのだと思っています。

僕は祖父に東大生になるのだから良い意味でのエリート意識が必要だろうと話してもらったことがありました。戦前の正当なエリート意識を教えられて育てられた祖父は東大生であることをひけらかすのではなく、何か一つ、例えば勉強ができるという自覚を持って行動していくべきだと教えてくれました。社会から見てある立場に置かれ役割を与えられるとき、そこで得られる権利があり、またそれと同時に与えられる義務もあるのだという考え方を自分の一つの軸として生きていきたいと思います。


樋口さん

名前: 樋口 卓也
所属(学部/学科/学年):工学部 物理工学科 4年
出身地: 神奈川県
出身高校:栄光学園高等学校
好きな言葉: なせばなる
将来の夢: しっかりとした父親になること
2006年物理工学科計数工学科五月祭研究展示のホームページ:
http://mayfes.web.fc2.com
Harold Y. Hwang 研究室:
http://www.hwang.k.u-tokyo.ac.jp/

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掲載日:06-12-05
担当:熊沢直美
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