編集後記

免許合宿で得たものと「必然的な時間」

 長い長い春休みの一部を利用して、大学の友人と運転免許合宿に行ってまいりました。連日のスケジュールを予定通りこなして合宿を終え、帰京後運転免許試験場にて、普通免許を交付されるに至りました。品川にある鮫洲運転免許試験場の対応は素晴らしく、(一度試験に落ちたとはいえ)手続きはかなりスピーディーに進み、免許の現物を手にしたときの感慨が薄れてしまうほどでした。このように、免許が取れたこと自体に関してはそれほどドラマはありません。しかしながら私は、二週間の合宿でそれまで気づかなかった大事なことに気付けたような気がしています。

 おそらくどの教習所でも同じだと思われますが、私がお世話になった自動車学校では入校日に運転適性を調べる心理テストを受験させられました。そこで指摘された自分の性格上の特徴(欠点)をよくわきまえて、運転の際に意識しろ、ということです。一緒に受けた友人の診断結果には驚きを禁じ得ませんでしたが(良い意味か悪い意味かはご想像にお任せします)、かくいう私はどうであったか。運転にそこまで向いていないというわけではありませんでしたが、動作の大雑把さ、多方面への注意の欠落、の二つを指摘されてしまいました。

 正直自分はもう少し繊細で気の配れる人間のつもりでした。こんなもんあくまでテストや、全人類に当てはまるはずがない。そうやって最初のうちは認めたくない気持ちもありました。しかしいざハンドルを握ってみるとあら不思議。意識していても、指摘された二つの欠点に関連したミスを連発するではありませんか。く、くそう。心理テストさん、あんたはどんだけよく出来とるんや。もうあまり意地を張っていても仕方ありません。車は一歩間違えれば「走る凶器」になりかねないのですから。合宿が始まって数日、私は無駄な抵抗をやめ、二つの欠点の観点から自分を見つめなおすことにしました。

 とはいえ欠点を認め、冷静に運転に臨んでもやはりミスは犯します。そもそも性格上の欠点をその場で直すことなど不可能なのです。別に私と同じ欠点を持った人全員が事故多発ドライバーというわけでもありません。私は今できる範囲での意識改革に努め、リラックスして教習に臨もうと決めました。そうすることで教習自体は無事終えることができました。

 さて、帰京してから私はふと、例の心理テスト結果診断表を見返してみました。免許合宿を経てあの欠点は治癒したか。そんなことはなく、相変わらずミスをやらかしつづけています。いい加減な旅行計画をもっと綿密なものにしていれば、あそこであんな余計なお金を使わずに済んだのに。そういう自分にイライラしっぱなしです。けれども免許合宿以前には、その欠点を認めすらしない自分がいました。自動車の運転という、人の命を危険にさらす行為と向き合うことを通じて、自分の欠点を受容できたのは非常に大きいと感じています。

 話は逸れますが、私はこのところ、必然的な時間を多く過ごしたいと考えています。なにをゆうとるんやお前は、そう思われるでしょうが、これはサルトルの小説「嘔吐」から感じたことです。小説を全て読んだわけではなく、NHK教育でやっていた、サルトルの実存主義を100分で解説する番組を視聴したにすぎないのですが、そこでは「嘔吐」で述べられる「偶然的な時間」と「必然的な時間」の二つの時間が取り上げられていました。「嘔吐」では、主人公ロカンタンが、「すべてのものが何の理由もなくただそこに実存していること」に気付き、吐き気を催します。人間は食って眠ってだらだら生き延びるだけの、不条理な偶然性の世界に生きているのだといいます。それは消極的な自由とも呼べるそうですが。しかしロカンタンは終盤で、行きつけのカフェで流れていた音楽に感銘を受け、吐き気はおさまり幸福感を覚えます。なぜなら、音楽という純粋で明晰な秩序(必然性の世界)の中に入ることで、偶然的な実存の世界から脱却することができたからです。ロカンタンは自分も何かそういうことができないかと考え、音楽をつくるのは無理だけれど、一冊の小説なら書けるのではないかと考えます。

 大学に入って10カ月、私は新しい多くの友人に恵まれたという意味では充実した学生生活を送りながらも、気持ちの上ではどこか物足りず、いろいろと迷走しまくってきました。この迷走の解決策となるのがまさに「必然的な時間」ではないかと考えています。芸術を創造、あるいはそれにどっぷりと浸かって始まりと終わりがある時間を体験することで、漫然と生きる偶然の世界から脱却し、自己の実存の正当化が可能になる、言い換えれば生きているという実感が得られるのだと思います。

 そのうえで必要なのが、免許合宿で指摘された欠点を少しずつでも改めていくことなのだと解釈しています。芸術を創造するうえでいい加減さが許されるはずがありません。幅広く注意を払えないことはまた、本来の魅力を見逃すことにもつながるでしょう。

 長ったらしく、あまつさえ抽象的になってしまいましたが、具体的には文章を書くことはもちろん、何か音楽系統のことにも挑戦してみたいです。「必然的な時間」を少しでも増やすことを軸に、2016年を過ごしていきたいと思います。

 

パーマリンク | 02月11日 13:13 by
杉田裕和


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