言文一致体小説の技法

野村剛史

23日の公開講座2限目、野村剛史先生の講義を聴いてきました。テーマは「言文一致体小説の技法」。近代散文における言文一致の先駆けとなった二葉亭四迷を中心に講義がなされました。

まず、現在の日本語の場合、言葉には大きく分けて「話し言葉」と「書き言葉」があり、書き言葉はさらに「文語体」と「口語体」に分かれます。文語体は古典語や漢文に基づく書き言葉、口語体は話し言葉に基づく書き言葉のことです。

しかし、日本語が昔から今までずっとそうだったわけではありません。明治初期まで「書き言葉口語体」なるものはほとんど無いに等しく、それどころか話し言葉に近い言葉で書かれた文章は蔑視の対象でした。文字にして書く言葉は今日でいう文語体的なものしかなく、それ自体が独特で、話し言葉とは異なる言語だったのです。そのような状況から口語体を生み出すことこそが、言文一致なのです。

野村剛史

ではそもそも、なぜ話し言葉と書き言葉が乖離してしまったのか? これは私たちも経験的に理解できることだと思いますが、口をついて出る話し言葉の文法や語彙は時代とともに少しずつ変化していきます。それに対して、文字にして書く言葉(文語体的なもの)は昔の文章を参考にして書かれるためあまり大きくは変化しません。変わっていく話し言葉と、変わらない書き言葉。時代が下るに連れ、その差は広がっていきました。

そんな中、明治の初めに口語体、すなわち話し言葉的書き言葉で小説を著したのが二葉亭四迷です。

講義では、配布されたレジュメに引用されている四迷の『浮雲』や同時期の様々な文学作品の文章を参照しながら、言文一致体で書かれた近代文学の特徴が紹介されました。それは、心中文と情景描写の存在です。

野村剛史

一つ目の心中文とは「○○は〜と思った」というものです。心中の内容(「〜と思った」の「〜」のところ)はカチカチの文語体ではうまく伝わりません。心の中を素直に表す「思い言語」はやはり普段の話し言葉で書きたかったのでしょう。心中が好んで描かれた背景には、旧身分制の廃止でいわゆる「個人の自由」が生まれたものの、就業や恋愛で悩むことが多くなり、己の内面に目を向けざるをえなくなったということがあります。その結果、鎌倉から江戸までは隠すべきものとされた自分の内面を表現したいという気持ちが生まれたわけです。ちなみに平安時代は和歌に込めて表現されていました。

二つ目の情景描写ですが、これは人事記述とどう違うのかというと、客観的な人事記述に対して情景描写には登場人物の視点が含まれているという点で、これは西欧近代絵画の透視図法から影響を受けたものです。近代絵画で描き手の手前にあるものは大きく、奥にあるものは小さく描くように、小説でも登場人物の視点を導入した描写を積極的に行なったのです。

ブログやSNSなどで言文一致の文を日常的に目にする筆者にとって、考えたこともなかったような指摘が講義の中で明らかにされていき、とても新鮮な公開講座でした。


このページにコメントを送る
このページへの評価:
いい!よくない!
担当:平山いずみ
*