教養教育高度化機構第一回講演会『生物多様性を考える』

国連の定める「国際生物多様性年」である2010年の6月14日(月)、東京大学総合文化研究科・教養学部18号館ホールにて、今年から教養教育開発機構を発展的に解消し設置された教養教育高度化機構主催の第一回講演会『生物多様性を考える』が、新入生歓迎特別講演会として行われました。

共催は東京大学新環境エネルギー科学創成部門および東京大学先端科学研究センター。講師は積水化学工業株式会社代表取締役会長であり、社団法人日本経済団体連合会の自然保護協議会会長を務めておられる大久保尚武氏が、ナビゲーターは東京大学総合文化研究科広域科学専攻広域システム科学系の伊藤元巳教授が務められました。


ナビゲーター講演

ホールに新入生が続々と訪れ、ホールの熱気が増していく中、総合司会の松本真由美さん(東京大学NEDO新環境エネルギー科学創成特別部門特任研究員)の進行で講演会が始まり、まずはナビゲーターの伊藤教授から生物多様性に関する理論的な側面が解説されました。まず伊藤教授が解説したのは、1992年、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開催されたリオ・サミット(国連環境開発会議)にて調印された「生物多様性条約」における生物多様性の定義でした。それはすべての生物の変異性を「遺伝子」「種」「生態系」の3つのレベルで捉えるものです。伊藤教授はこの点について、生態系の多様性は種間の相互作用によって種の多様性の総和より大きくなり、細胞の多様性は遺伝子間の相互作用によって遺伝子の多様性の総和より大きくなる、といったように、各々のレベルにおける相互作用、システムが生物多様性を形成していると述べていました。

伊藤元巳教授

また昨今、生物多様性が危機にさらされていると言われますが、危機とは大きく4つに分けられるそうです。それは開発による生息地の減少、自然利用の放棄による自然の質の低下、外来種による生態系の撹乱、地球環境変動、の4つです。ではこうした危機により生物多様性が脅かされることで、私たち、そして将来世代の人々はどのような被害を被るのでしょうか。伊藤教授はこれを生態系サービスという観点から解説しました。生態系サービスとは生態系がもたらす人間にとっての利益のことであり、支持サービス、供給サービス、文化サービス、調節サービスの4つに分けられます。まず支持サービスとは生命の存立基盤であり、植物による酸素の供給などが挙げられます。次に供給サービスとは暮らしの基盤であり、食物、医薬品の供給などが挙げられます。そして文化サービスとは、自然と共生する文化の源であり、レクリエーションにもつながります。最後に調節サービスとは、自然に守られる暮らしであり、森林による洪水被害の抑止などが挙げられます。これらはいずれも人間の生活にとって不可欠な要素であり、生命多様性を守ることの意義の確認となりました。

講師講演

講師の大久保氏からは、生命多様性を守るための実践的な活動を8年間行われてきた経験から、生命多様性を守る活動が世界の中でどのような状況にあるのかを中心に様々な話が述べられました。まず、大久保氏が生物多様性に関心を持つきっかけとなったのは、ローマクラブ(全地球的問題に対処するために設立された民間シンクタンク)が1972年に発表した第1回報告書『成長の限界』を読んだことだったそうです。世界的には、1992年のリオ・サミットにて調印された「生物多様性条約」が生物多様性に関する1つの契機でした。大久保氏はこれに関連して、当時12歳でECO(子供環境運動)の代表としてリオ・サミットでスピーチを行なった、カナダのセヴァン・カリス=スズキのビデオを流しました。そのスピーチの主張は、人間の力では取り返しようのない生物多様性などの環境問題には、現在世代が将来世代に対して責任をもたなければならないというものでした。

大久保尚武氏

では実際に現在世代がどのような取り組みをしているのか、ということに関して、大久保氏は自身が目にしてきた生物多様性の破壊とそれに対してなされている対策を語っていきました。中でも衝撃的だったのは、中国の砂漠化する黄土高原とそれに対する植林活動です。大久保氏は荒廃した大同郊外の黄土高原の写真を挙げ、かつては中国王朝の1つ北魏の都としても栄えた大同の周辺が森林伐採によって砂漠化してしまったこと、現在人の手によって地道に植林活動が進んでいることを述べました。

大久保氏は生物多様性を守ることに際して、欧米と日本の自然観の違いがあることを述べました。欧米では、修道院のもと周囲の森を開墾し、皆伐(森林を全て伐採すること)の文化を育み、自然を「資源」とみなす考え方をしている。それに対し、日本では、神社のもとで土地の神・木の神を敬って暮らし、択伐(森林の一部を伐採、一部を残すことで持続的な利用を行うこと)の文化を育み、人間は「自然の一部」であるという考え方をしている、という対比です。そこで、自然を畏れ敬う精神文化を「日本的」な生物多様性保全活動の基礎としていきたい、そのために人口減少社会の到来に伴う新しい生き方モデルを模索すべきである、と述べられました。そして、具体的に目指すべき目標としては資源循環型社会を、具体的な方法としてはまだまだ可能性が眠っている自然に学ぶ科学技術を挙げ、日本の生物多様性保全への道を示して講演会の幕を閉じました。

感想

ナビゲーターと講師の方々を通して、生物多様性問題の理論的側面と実践的側面の両面を学ぶことのできる講演会となっていました。多様な生物が存在することを当たり前のように考えてしまいがちな私たち現在世代にとって、生物多様性の価値を考えさせられる機会は貴重なものであると思いました。

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掲載日:10-08-03
担当:三ヶ島史人
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