教育学部長インタビュー

今回の学部紹介では、教育学部長・武藤芳照氏にお話を伺った。教育学部は1949年に新制東京大学の発足に際して設置され、それ以来教育学の研究を進めている。また、擁する学生の数は1学年100名弱で、少人数制の講義・演習が開講されている。


―学部の研究について教えて下さい。

武藤教育学部長

領域からすると、いわゆる文系と称する人文科学的な研究もありますが、自然科学的な研究もあります。まず、人文科学的な研究としては、教育の本質を研究する哲学的な研究や歴史学的な研究、社会とのかかわりに関する社会学的な研究などという流れがあります。そして、心理学の立場から教育を捉える、または教育現場における心理学的な問題という意味での臨床心理学、それから教育制度、学校の仕組みをどうするかという教育行政の立場からの研究、あるいは教育と財政という意味での教育財政的な研究、など多様な研究があります。

それと身体教育学で主にやっているのは、体の仕組みとか体の理に関する生理学やバイオメカニクス、あるいは体の発達、心の発達というような、1人の人間を教え育て、学び学ぶ、そういった色んな切り口で、人間そのものの発達、人間と教育との関係についての研究をそれぞれの研究者が60年ずっと続けています。

―教育学部の目的を教えて下さい。

東大教育学部がいかにあるべきかというところなんですけども、他の大学の教育学部の主たる目的は教員養成ですね。小中高の教員を養成することを主たる目的とする教育学部が少なくないです。それはそれで非常に重要な仕事だと思うんですが、東大教育学部は教員養成ももちろんあるけれども、教員養成にとどまらずむしろ教育、もしくは教育学を学ぶことによって、社会の様々な領域・分野において活躍できる人材を育成したいと思っています。それはなぜかというと、どんな分野でも教えるとか教えられるとか、学ぶことを喜びとするとか、あるいは育てるとか育てられるということが必ずあるわけですよね。そういうことを素養にした優秀な人材が各分野に行くことが広い意味での教育・啓発、あるいは深める事にもつながるので、そういう意味で「どこどこの職種を目指しなさい」ということは言ってないですね。どこに行ってもいいから、2年間から4年間の東大教育学部との関わりでそれぞれ感じたり身につけたりしたことを生かして活躍をしてくれればいいと思っています。その中の何人か・何割かは研究職を選んでも良いだろうし、学部を卒業して銀行に行っている人もいれば、証券会社、テレビ局、広告代理店に行っている人もいます。ですから教育を通して「何か」を感じて外へ出てもらうことが教育学部の目標といえると思います。そしてその「何か」を感じるというのは教えるとか教えられるとか、育つとか育てるとか、そういったものに敏感な人間といいますかね、人を大事にする、人を育てる事を大切に思う感性を持っている人になるということですかね。

教育というのは人間の第4の本能という言い方もありますが、大学というのは教育機関ですよね。でも卒業して就職すると時々クレームが来ることがあって、「東大は一体何を教えとるんだ、挨拶も出来ないだろ」とか「ちゃんと仕事をやれといっても、チームワークを考えずに一人だけで勝手に行動している」とか、色んなクレームの電話があるんですね。「やっぱり社員教育が必要だ、大学は何を教えてきたのだ」と言われると、「それはもっともですね」みたいなこともあるんですよ。つまりいくつになっても「教育」は必要なんだと思うんです。それぞれの立場で学ぶとか教えられるとかいうことが必要なので、そういうことが大切だと言うことが分かっている人間、そこが大事なんじゃないですかね。それと若い人を大切にすると言うことも教育のもっとも重要な所なので、そういう姿勢を持っている人を育成するということが目標です。

―学生への教育について教えて下さい。

武藤教育学部長

例えばマスプロ教育というのが東大のほかの学部にもあるわけですよね。非常に大勢を集めて、本当に広い意味での講義形式的な教育をせざるを得ない所もあるんですね。ところが幸い教育学部は1学年100名足らずの学部生なので、少人数・あるいは中規模でフラットで、教員と学生との距離が接近しています。グループでの色んな理論の伝達、あるいは実践とか実技とかプレゼンテーションを主体とした授業とか演習とか実験とか、あるいはフィールドワークを主体的に取り入れて、なるべくグループで行動できるような工夫をするといったことができます。そういう意味では、小規模の、学生と教員との距離が近い、寺子屋風の小さなスクールという形での学び合いができるんじゃないかと思っていますけどね。例えば駒場で10人足らずの実証的な授業って滅多にないですよね。法学部や経済学部では大教室でマイクを使ってという風にせざるを得ない。その点、ここは演習室もたくさんありますから、1対1や1対2で授業をやる時だってあるわけですから、そういう意味では近接しながら講義授業ができる、あるいは実験・実習ができるということが特徴ですね。

かつて私の前の前の教授は、1限目の授業に学生があまり来なかったので、一人ずつ電話をして、「君今日は授業に出られるかね?」と言って、それでようやく2人集めたとか(笑)。それぐらい少人数で連絡がつくという感じだったらしいです。今どきそんなことはしませんけどね。

それとプレゼンテーションをなるべく多く取り入れるようにしています。だから学生が必ず調べてきて発表します。そういう場面があると自分達も主体的に授業に取り組むことが出来るので、例えば土本君(編註:取材に伺ったスタッフ)がプレゼンテーションする事になると、他の同級生が聞いている所で15分きちっと喋れるかどうかというのを皆が見ているわけですよね。先生も同級生も見ていて、最初は面倒だなと思っていても実際は前日になると「人前で喋るなら格好よくやろう」と大方の人間はそう思います。ですから、徹夜してまで頑張ってプレゼンテーションの準備をしてきて、直前で寝て間に合わなかった人もいるし、そういう面白いエピソードがあります。実践性のある授業というのは面白いですよね。単に知識とか理論とかを伝えるだけではないという、それが出来るところだと思います。

―学生の卒業後の進路はどのようになっていますか?

武藤教育学部長

教員になるのは非常に少ないと思いますね。いきなり小学校の先生になる人はとても少ないです。高校の先生になる人はいます。それから研究職になるのは最近ではどうですかね、学部を卒業して大学院に進学するのが3分の1くらいいるんじゃないですかね。修士課程に行ってそこで就職する人もいるし、博士課程に行く人もいます。他大学からここの大学院を受験してくれている人もたくさんいますから。ですから教員、つまり高校を中心とした中等教育の教員、それから研究職を選択して大学院に進学し、結果として大学の教員になる人という両面がありますよね。最新の細かい数までちょっと今は記憶してませんけれども、およそこの通りだと思います。

―社会とのつながりについてはどのようにお考えですか?

色んな社会との繋がりがあると思いますが、学校現場とつながるというのも教育学部の一つの連携・協力ですよね。だから企業、産業界と連携して新しい機器・ソフトを開発したりということもあれば、あるいは行政という立場と連携して新しい仕組みづくりをするとか、プログラム作りをする、あるいは地方自治体と連携して施設・仕組みを作るとかいうこともあると思います。産学連携という面では、例えば身体教育学では体の生理学的なことを分析する機械を企業と一緒に作っている教授もいます。地方公共団体と連携して教育委員会の中に入って、指導的な立場で協力をして教育プログラム作りをしたりということをしている人もいます。文部科学省の関係の業務に協力して、国の教育行政の中における実務的な仕事を担うという社会との連携は多々あると思います。あとは地方公共団体で私達がやっているのは、例えば地方の高齢者の多い所で街を元気にするにはどういうプログラムをすればいいかということで施設作りをしたり、身体教育学研究所という新しい研究所を作って、そちらに大学院の卒業生を就職させて送り込んだり、町全体の元気作りに努力をしたりというようなことをやっています。小学校に入って学習方法について現場の先生と色々深めたり、そういう意味では、工学系や薬学系のように産学連携中心というよりは、多様な社会との連携を担っていると思います。

―先生自身の研究はどのようなことをなさっているのでしょうか?

私自身は身体教育学の立場からの研究をここで28年間やっています。元々スポーツ医学の領域から入っているので、スポーツの生理学的な研究、生体工学的な研究から、怪我・故障の予防という観点の実証的な研究と、それに基づいた教育啓発活動を続けています。子どもの怪我・故障や運動不足を防止するにはどうしたら良いかという取り組みと、中高年者の健康増進・疾病予防、転等・骨折・介護予防、認知症の、高齢者の運動などを通したより充実したケアをどうするか、そんな取り組みをしています。

元々身体教育学というのは初代の教授が東龍太郎という医学部から来られた先生で、東京都知事をしたり日本赤十字社の社長にもなられた方なんですね。つまり元々教育学部は文学部から発祥していますから文科系な学問領域がある意味では主体的なことは確かなんですが、教育に関わる事象というのはきわめて多様なので、人文・社会科学、自然科学を含めた総合的な実践科学だと思います。私はたまたま医学から入ってこの仕事をしていますが、人間の発達とか生育などを医学の立場から見ていったり、分析したことを通してさらに教育現場にフィードバックするというやりかたも重要だと思うんですよね。それを他の領域からやっている人もいます。数学科から来ている人たちもいますし、薬学出身の人もいますし、工学系から来ている人もいます。

例えば「大学教育」「文学教育」というように、「教育」というのを後につけると、万能川柳みたいにあらゆる「教育」ができますよね。例えばジャーナリストなら「ジャーナリスト教育」とすれば、いかにジャーナリストを育成するかというシステムになるので、そういう意味では入口は極めて多様だと思っています。

―最後に教育学部生に求めることをお願いします。

武藤教育学部長

なるべく多くの人と会うことだと思いますね。在籍中に東大の学生・教職員だけでなく、なるべく他領域の人たちと会うこと、それが実は人間を磨くことになるし、多様な人と会うことによって新しい目を開かされたり知識を得たり経験を得たり、あるいはその人脈によってさらにまた幅広い人脈につながったりします。それがある時期に振り返ってみると、非常に大きな機会や場を与えてくれるきっかけになっているということも多々あるんですね。それと「一色主義」というか、東大大好きと言う人もいて、東大の学生と朝昼晩いて、東大の学生と飲みに行ってという人もいるんですが、なるべく色んな学生、それから学生以外の人たちに会うことが在籍中にやるべきことだと思いますね。そうすると必ず自分の素養となって蓄積されていくし、色んな魅力のある人たち、力のある人たちと会うことによって学ぶので、そのことはいずれ自分達がリーダーになった時に役に立つと思うんですね。こういったことは教育学部生に限りませんけど、そういうたくさんの面白い人たちと会うことですよね。そういうことによって自分が磨かれるのと、表情が豊かになりますかね。今の学生の一つの特徴的なことが、喜怒哀楽の表情が少ないことですね。ですからなるべく素直な感情が出るようにするためにも磨くことが必要なんです。そのための一番いい訓練は様々な人とたくさん会うことなんです。それは必ず自分に良い結果をもたらすので、東大だけにいないで、東大に在籍している間に積極的に色んな面白い人たちに出会うことです。それは自分が意識していないと出来ないですね。そうしたいろんな人と会うという経験の蓄積が自分が教育という切り口で物事を考える際の武器になると思うんです。


教育学部ホームページ: http://www.p.u-tokyo.ac.jp/


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掲載日:06-11-21
担当:渡邉洋平
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