工学部長インタビュー

工学部は16の学科を持ち、学部学生約2000人が在籍する東京大学で最も大きな学部であり、産業界との結びつきも強い。そんな日本を支える工学部として今後どこに力を入れていこうとしているのかを、今の日本は大きな転換期にあるとおっしゃる北森武彦工学部長に、その時代認識とあわせてお話を伺った。


1. 研究と教育〜博士課程のススメ〜 | 2. 人材育成と国際化


―工学部の研究とその特色を教えて下さい。

北森工学部長

工学部というのはものすごく広大だから一言でいうのはものすごく難しいね。大体東大の5分の1ぐらいは工学部なんだからそりゃもう大きいわけだよ。ここでは言い尽くせないぐらい多くの分野があって、それらを総合して出来ているものなので一言で「工学部の研究は何ですか」と聞かれても答えられないくらいの大きさだね。

しかし、僕のは大きく4つに分類できると思ってる。まず物理学、化学、材料、生物学などを含めた工学基礎と言われる学問だね。それから電気や機械などの基盤になる基盤工学と言ったらよいような分野。そして都市工学や社会基盤、建築学そういう建設系の学問だね。それと原子力、航空機、船舶、環境といったシステム系。工学部はこの基礎、基盤、建設、システムの4つの大きな枠からなっている。

そして工学部の特徴は深さと柔軟さを併せ持っていることだね。1つ1つの枠の中での深さという点では、例えば、工学基礎では物理や化学の分野で理学部の先生と競ってもいるし、協調もしている。その一方で、環境やエネルギーや資源など社会あるいは自然を含めて大きな課題があったとき、いろんな分野から人と技術を集めて、その解決に向けて努力していく柔軟さもある。

そして、工学というと社会と直結していると思っている人が多くて、産学連携には本当に力を入れているし、それは確かにそう。しかしだからといって社会に早く出たいから工学部というのは間違い。というのは、応用だけが工学じゃないし、社会に繋っていることだけが工学じゃないから。我々は産業のためだけに研究しているわけではないし、それ以上に我々は学問体系を築いていかなければならない。そこのところは誤解しないでほしいね。むしろ、工学の学問を極めてから社会に出てほしい。博士といわれるくらいにまでしっかり勉強してから外に出ていかないといけないと思うね。世界中の科学先進国の大学、中でもトップの大学の学生は博士号をとるまで鍛え抜かれてから社会に出ていくので、やはり東大の工学系研究科・工学部に来る学生もそのくらいのつもりで来てくれないと困るといつも思っています。

―工学部の教育と特に力を入れている点を教えてください。

先ほども述べたけれど、工学というのは色々な分野から成り立っていて、先のほうになればなるほど柔軟な組み合わせや考え方、多様な課題に対応した適応性が要求されてくると思うんだけれど、学部のうちは徹底的に一つの基礎を学んでほしいね。自分の好みで良いから、一つのことを徹底して学んでほしい。そして徹底して学んだ中から「学問とは何か」というものをぼんやりと感覚的でもよいから掴んでから大学院に進んで、修士課程でも徹底して学んで、それから広い分野に行ってほしい。そうした徹底して一つのことを学ぶこととそれがある程度できてから広い視点ということを心掛けてほしいね。

そして、そう言われるのは嫌だろうけれど、今君らは(編註:取材したスタッフは2010年時点で2年生)いわゆるゆとり世代なんだよね。それで、高校までで学ぶ基礎的な知識の量は確かに少なくなっている。それは君らが悪いんではなくて、そういうふうに設定されているから仕方ないこと。ところが、我々東大工学部は、世界の中のトップの工学部の一つなんだよね。2009年の時点で、2000あるとも4000あるともいわれている世界の工学部の中で、東大工学部は世界で第6位にランキングされている。(編註THESのTHE-QS WORLD UNIVERSITY RANKINGS 2009Top 50 universities for engineering & IT)ここでは細かい順位はあんまり関係なくて、要はトップクラスの中にいるわけですね。そしてこれから競いもするし、協調もしていく仲間たちは、みんな科学先進国のトップの工学部だよね。だからそういう人たちと語れなきゃいけないし、意思を疎通しなきゃいけない。だからそこに学んでもらうところの照準をはっきり定め、東大工学部の基準にする。それはつまり、まず、他の競合しているMIT(マサチューセッツ工科大学)、ETH(エーテーハー:スイス連邦工科大学チューリッヒ校)、UCバークレー(カリフォルニア大学バークレー校)やスタンフォード大学やケンブッリッジ大学、オックスフォード大学といった本当にトップの大学と同じレベルで知識を身につけることだね。そういう意味で一国のトップの大学、工学部として何を学生に学んでもらおうかということを明確に示そうということで、「時代に左右されない確固たる工学教程の構築」をしたいと思っています。これは工学部として特に力を入れていることの1つです。

―大学院で特に力を入れていることはありますか?

僕は、先ほど言った広い視野を持つことと同時に、みんなに博士課程まで行ってほしいと思うんだよね。なぜかというと、先ほどの述べた仲間でもあり、競合してもいる各国トップレベルの工学部の学生の半数ぐらいが博士になっていくから。そして彼ら彼女らがそこで何を鍛えられるかと言うと、学部や修士でしっかり学んだことを今度は柔軟に使えるようにするということ。自分が得た知識をどうやって使うかは、結局研究でもそうだし、研究以外の仕事でもそうなんだけれども、大変重要だよ。

今学部生のみんなは学んでいる以上、教科書があってその中に例題や練習問題があって、それを解いた後用意してある解答と照らし合わせることで、自分の得た知識が正しいか、あるいは使い方が正しいか確認できるよね。しかし本当の問題というのは環境問題にしろ他の問題にしろ、どうやっていいのかというのはまだ見えていない。100人聞くと100人違う答えが返ってくる。そういう中から一定の「こうすればいいぞ」という方向性、答えを導きだすというのが研究なの。そしてそこの訓練が博士課程ですることなんだよね。

だからまずは与えられた課題から、何が問題なのかというのをクリアに抽出して整理する。問題がクリアになったら半分終わったようなもので、今度は問題解決に向けた計画を作るわけだ。そしてその計画を実行することを徹底して鍛えられる。上手くいかなかったら「何が問題だったか」ということをもう一度考えて計画して、もう一度やって、そして何回か目には上手くいく。上手くいったら今度は自分だけじゃなくてみんなに知ってもらうために、プレゼンテーションしたり論文を書いたりするというところまで鍛えられる。つまり出来ないことを出来るようにする、分からないことを分かるようにする、その結果をみんなに分かってもらうという一連の課程の訓練をやるのが博士課程ということだね。

だから専門というのはその訓練をするための1つの題材にすぎない。一生1つの専門でいくと思ったら大間違いだよ。本当に仕事についたら専門は5年ごとぐらいに変わってしまう。しかし一度博士課程で訓練を受けたら、どんなテーマに変わってもそこで身につけた力はずっと使える。だからこそPh.Dと言うんだよね。Ph.Dというのは日本語ではドクターというけど、本来はフィロソフィアドクターの略で、考える博士という意味だよね。つまり、考えて問題を整理し、計画を立てて、上手くいったかいかなかったかを判断し、フィードバックしていく、それがPh.Dということだ。だからPh.Dの称号を持つということはその一連の流れの訓練を経ましたということの証拠なんだよね。

我々の理科系の世界ではPh.Dを持っているということがスタートラインであり、パスポートなの。つまり、Ph.Dから始まるのであって、Ph.Dが終点ではない。それを大学院でみんなに学んでほしい。

そして、理科系は当然そういうことはみんな言われるんだけど、僕が言いたいのは文科系の皆さんも同じだということ。例えばアメリカでは依然年間48000人がPh.Dをとるんだよ。そのうちの21000人は文科系だから約半分は文科系ということになる。それは教育学、政治学、経済学、文学、あるいはいろんな社会学であったりする。そうしたあらゆる分野で理科系とほぼ同じ数だけの博士がいるわけだよね。彼ら彼女らは深い知識と鍛え上げられた方法論とでいろんなことを学んでいくわけ。そこもやはり諸外国と日本の交渉力の違いをはじめ色々なところで現れていると思うね。

北森工学部長

―工学部の博士課程の進学率はどのくらいなのでしょうか。

どのくらいと思う?もう本当に情けなくて。

―25%ぐらいですか?

だったら本当にいいよね。今東大の学部の学生が修士を経て博士課程に行くのは、工学部の場合は8%しかいない。はっはは。もう本当に桁違いの、驚愕の数字だよね(嘆息)。東大の工学部の1学年が大体1000人くらいだよね。そのうち80人ぐらいしか行かない計算だ。ひどい時は8%じゃなくて5%台。50数人しか博士課程に行かない。もうこの技術立国日本がよくそれで持ってるなと思うよ。

今までは、追いつけ追い越せだったからそれでもよかった。君たちにはその感覚分からないかもしれないけれど、ぼくらのおじいさんお父さんぐらいまでは、やはり諸外国の技術のほうがはるかに進んでいたから、それを輸入すれば良かった。つまり何か、例えば自動車をドイツから買ってきてバラバラにして、「何故優れているのか」というのを徹底的に解明して研究して、それでより良いものをより安く作れば良かった。僕は日立製作所にいたからよく分かるんだけど、企業のそういう活動はある程度お手本があって、お手本よりも良いものを作れば良かった。だから博士まで行かなくても良かった。なるたけ早く会社に連れてきて徹底的に鍛えた方が使えた。

だけど、僕らの世代から完全に諸外国に並んじゃった。完全に並んじゃったら、当然ある分野では諸外国よりはるかに上をいっているからお手本がないわけ。そしてお手本がないと、今までのように、ばらしてより良いものってわけにはいかないじゃない。だから自分でゼロから作らなきゃいけない。そうなると最初から考えて、計画して失敗したらまた考えて計画してということを何度も繰り返さなきゃいけないし、情報網を張らなきゃいけない。そして、世界とコミュニケーションしなきゃいけない。博士課程と一緒でしょ?それはときには、ある程度のところは外に出してライバルたちと手を組むけれど、ある程度のところは黙っていて、自分たちの独自の方法を完成させるために戦略的に隠すということもやらないと世界のトップを走っていくことはできないわけだよね。

だから今までは大学院進学率は8%でもよかったけど、これからはとてもじゃないけれどそうはいかない。今までは博士がいなくてもやってこられたけれど、国のレベルが上がったので、トップのレベルも博士にあげなければ今後の発展はないってことだね。この認識は、ものすごく大きな変化だよ。どのくらいの変化かというと、江戸時代から明治に変わったぐらいの変化だよ。あのときは文明開化で西洋文明に驚愕したわけだよね。機関車が走ったり、電信が打てたりして、全くないところとあるところとがはっきりしていてその違いが誰にとっても分かりやすかった。そしてそれらを取り入れようとした。でも失敗することばかりだから、国民がみんなその重要性を理解して、国も動いて工部大学校、東大工学部の前進ができたわけだよね。工部大学校から続く工学部は、東大の中で一番古いんだよね。

そして、今はそれに匹敵する違いなの。さっき言ったように今までお手本があったけれど、諸外国と並んじゃってお手本がなくなってしまって、自分たちでやらなきゃいけなくなった。今度は文明開化とは逆にお手本がある方からない方へ変化したわけです。文明開化みたいにない方からある方へ変化するんだったら、目標が見えるからこの変化をすごくみんな理解する。だけどある方からない方へ変化しちゃったら変化が見えないわけだよね。だからこれだけ歴史的に大きな転換期なのに、この変化はなかなか理解してもらえない。そして科学技術に対して、一般の国民の人たちの理解も必要だし、学校の先生たちの理解も必要。そして我々トップの大学が何をすべきか、どう教育すべきかを多くの人に理解してほしいんだけれど、なかなかそうはいかない。ここが難しいところ。

この認識が共有されないから、博士課程の進学率の低さの問題もなかなか解決しなくて困ってる。逆に世の中は博士が多すぎるという流れで、6000人が職に就けなかったとか、高学歴ワーキングプアだとかいろんな報道されているよね。だから、君たち学生も博士課程に行ったら人生不利になるって思っちゃうんだけど、やはり博士というのが先進国、特に科学技術で立国している国ではスタンダードなの。そこのところの大きな認識のずれが、この先20年、25年すると国を支える人がいなくなってしまう事態を招くのではないかと危惧してるんだよね。昨今の報道に、言い方は悪いけれど惑わされて博士にみんな行かなくなると、博士が自国で生産できなくなってしまう。これは国の危機だよね。君らが僕らの年になった時に日本はどうなっちゃうんだろうという気がするね。

―ということは、博士課程まで行くと就職が難しくなるということは工学部の場合は全くないということでしょうか?

全くないね。博士号をとってから5年以内に定職に就く人が95%で、修士課程を出た人よりも良い。典型的なのが僕の研究室の女の子で、修士課程で資生堂の採用試験を受けたけれども、資生堂が人気があるから、彼女振られちゃった。振られちゃったんだけど、博士課程に進んで、もう1度資生堂を受けて、受かった。修士課程で受からなくてもチャンスはあるんだよ。この例でも分かるように、博士課程進学は就職に不利どころか、むしろ有利だよ。僕の研究室の学生は博士課程を修了してから7割程度企業に就職するんだけど、ほとんど彼ら、彼女らの希望通り。東大工学部の場合は博士の就職が悪いというのは、ないね。


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掲載日:11-06-05
担当:稲森貴一
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