医学部長インタビュー


東京大学を代表する学部のひとつである「医学部」。そこではいったいどのような教育・研究が行われているのか。2007年に医学部長に就任した清水孝雄教授にお話を伺った。


―どのような研究をしているのですか。

清水先生

非常に大きく言えば、人の体の仕組みを知り病気の早期診断をし正しい治療法を学ぶ、また病の予防などといった様々な側面から、人の生命の基本原理とその破綻としての疾患の予防・治療・診断というのを研究しているのが医学部です。細かく分けると、5つの分野があります。

まずは、我々がどうやって外界を認識し記憶するかとか、どのように体は恒常性を保つか、あるいは1つの細胞からどうやって30億個もの細胞に分化し臓器が出来て行くかというような、生命の基本原理を主な研究対象としている分野があります。その基本原理の何らかの乱れが病気ですね。たとえば、細胞の増殖が制御から外れれば癌になるし、異物から体を守る白血球や免疫グロブリンの力が弱くなれば感染に遭うということになります。逆に免疫が強くなりすぎるとアレルギーとか「自己免疫疾患」になります。生命の基本原理を理解したうえで、それがどの様に調和しているのか、その調和が崩れたらどのような病気になるのか、ということを研究しているのが医学部の一つの分野ですね。これを基礎生命医学といいます。

次に、臨床医学と呼ばれるものがあります。これは、主に患者を診て、目の前の患者を正しく診断し治療すること、さらに新しい治療法・診断法を確立するという分野です。新しい手術方法の開発や、人工臓器をどういう風に使うか、あるいは臓器をいかに再生するかというような研究もこれに含まれます。

さらに、社会医学という分野があります。地球環境や人と人との関わり合い、社会制度などの外的要因が人間の健康にどういう影響を与えるかを研究し、かつ提言をする分野です。たとえば、温暖化や人口密度と人間の身体との関係などを研究しています。

健康科学・看護という分野もあります。これは、人間が健康を失わないためには普段からどのようなトレーニングをしたら良いか、あるいはどのような食生活をしたら良いかというような予防医学や、看護・介護といった側面から学問研究をしています。高齢化社会となり益々重要となる分野でしょう。

もう一つ、新たにこの4月から始まったもので、公共健康医学という分野の大学院がスタートしました。これはたとえば医療経済学とか、あるいは医療保険制度のあり方や心理学などの面から、専門の職業人を育成しようとする社会人(医者など)を対象としたプログラムです。

どの分野も、その目的としては「人間の健康」という共通性があると思います。

―学部全体として目指しているところは。

学部全体としては、二つの目的があると思いますね。まずは、今挙げたような分野の基礎的な訓練ということがあります。これは、ある意味で職業教育的な側面があって、今日の医学のためのものだと言えます。もう一つ、新しい治療法を作るとか、新しい予防法を発見するとか、あるいは新しい病気を見つけるというのは将来のための医学と言えると思うのですが、そういうことができるような研究者を育てていくという目的もあります。この二つが医学部の目的ですね。特に東大の医学部は全国で活躍できる指導的人材を育成する義務があります。

―社会への応用や産学連携など、社会とのつながりについて教えてください。

医学部というのは患者の治療や予防、あるいは健康をいかに守るかということに主眼を置いているので、ある意味で学問そのものが社会と密接につながっていると思います。医学部の学生も4年生になると東大病院で患者さんと接するようになるので、そういう意味では社会とかなり早くから接触しているということになりますね。

それに加えて産業界との間でも、たとえば新しい薬を開発するという場面を考えると、我々は「こういう薬ができたらいいな」という種は作ることはできるけれど、その薬を実際に作るのは製薬企業ということになるわけですね。そういう意味での産と学との連携というのもかなり進んでいて、我々はたとえば製薬会社が作った薬を評価するという仕事も日常の仕事としてやっているし、製薬会社に対して「こういう薬が必要ではないか」という提案や「この薬にはこういう副作用が出る可能性がある」という警告をして、共同で研究を進めています。あるいは製薬業界だけではなくて、たとえば機械系の会社に診断装置や手術の出来るロボットなどでこういうものがほしいというような提案をして、共同で開発したりするということもあります。そういった意味では産学連携も社会との連携もかなり進んでいる分野だと思いますね。

また、大学の中での「医工連携」というのも進んでいます。医学部と工学部と病院が一つのキャンパスにあるというのは日本でも、あるいは国際的にも非常に珍しいんですね。そこで、その有利さを生かして、7〜8年前から医工連携というのが進められています。医学部と工学部が基礎的なレベルで連携をして、非常にうまく進んでいると思いますね。背景には医学系と工学系が両研究科長を中心にいつも話し合い、深い信頼関係を作ってきたということがあります。

―医学部の教育の特色は。

清水先生

まず、免許を取るための職業教育という側面が非常に強いので、全員が必修科目で同じ講義を取るというのが一つの特徴ですね。ただ、みんなが同じような講義を受けていると研究者になるような人間が出てこない可能性があるので、1年のうち3ヶ月間を「フリークオーター」と呼ばれるまったく自由な時間にして、研究室に行ったり、救急病院で勉強したり、外国の病院で外国の医療の実態を知ったりということをできるように学部でサポートするというシステムをとっています。ですから、1年のうち4分の3くらいは全員が同じような勉強をして、残りの4分の1でそれ以外の勉強をできるというシステムになっています。

もう一つ医学部だけの特徴として、「Ph.D.-M.D.コース」というのがあります。「Ph.D.」というのは「理学博士」や「文学博士」などの「博士」のことで、医学部でも卒業した後に博士課程に入って、論文を書いて研究業績ができればPh.D.になることができます。一方、医学部を出て免許を取って2年間病院で臨床実習をすると、その時点でM.D.になります。普通の医学部の学生は6年間医学部で学んで、その後2年間臨床研修があって、それが終わってM.D.を取った後暫く臨床をやってから、4年間大学院の博士課程で学ぶというシステムだったんですね。すると、早くても26歳から30歳の間に博士課程をスタートし、研究をするということになるんですが、できれば研究はなるべく頭が柔らかい若い時期にやったほうがいいんですね。そこで、医学部の6年間のうち最低4年間終わったら、そこで医学部を休学して博士課程に入れるというコースを新しく作ったんです。すると、M.D.より先にPh.D.を取ることになるわけです。そして、そのあとで医学部に復学して医師免許を取って、病院に行くのであれば臨床研修をやるという「Ph.D.-M.D.コース」を作りました。このコースは経済的にも医学部としてサポートしています。

―今の学生に求めることは。

やはり、学力が圧倒的に不足している。既存の教科書やいろんな論文を読む力ももちろんですが、読もうとする意欲にも非常に欠けているというのが感想ですね。さらに言えば、今の学生は非常に素直なので、活字になっているもの、写真になってしまうものを信用してしまって、それを批判的に読む能力に非常に欠けていると思います。

それから、体力が欠けている。我々はちょうど団塊の世代で、学生時代には学生運動もやったし、スポーツも大いにやったので、体力がかなりあります。それに対して今の学生を見ていると、体力が足りていないですね。体力のなさというのは気力の欠如にも結びついていると感じています。学生時代、スポーツクラブをやった方が良いですね。

それからもう一つは、人と人とのコミュニケーションの能力が欠けている。person to personで議論をして、そういう中から新しいアイデアを見つけていくとか、自分のいろんな考え違いに気づくとか、そういったコミュニケーションの力が欠けていて、またそのためにコミュニケーションの嫌いな者が多いのではないかということをすごく心配しています。それで、私たちは大学院生にはかなり意識的に、人前で発表して、その発表に対してほかの人がいろいろ質問をして、それに対して答えるという訓練をさせているんです。自分ひとりで考えていることには限界があって、論理の直線的な流れはあっても、飛躍というのは出てこないことが多いんです。それに対して、違うバックグラウンドをもった人たちとコミュニケーションをとったりすると、とんでもない、思い違いかもしれないけどもすごく飛躍になるようなことがでてくる可能性がある。そういうコミュニケーションを大事にしてほしいですね。

あと、東大の特徴というのは、全国でも珍しい教養学部というのを持っていることです。教養学部で社会や歴史、人間の心理などを知ることは医学にとっても必要であるということもあります。またそれだけではなくて、医学部に入ってしまうと、医者の世界、あるいは看護師の世界というひとつの利益共有集団の社会になってしまって、そこでの友達関係というのはある意味で限界があると私は思うんですね。駒場時代にさまざまな方向に進む人間が一緒に生活しているという期間は非常に貴重で、私も未だにその頃に付き合っていた友達というのは大切な友達だと思っています。医学部に来てからの友達ももちろん重要ですが、そこにはなんらかの利害関係がかかわっているということが多いんですね。ですから、駒場での友達との生活は呉々も大切にしてほしいですね。

―最後にメッセージを。

清水先生

医学というのは非常に多様性に富んだ、多彩な学問なんですね。一個の細胞がどういう機能を持っているかや細胞同士がどういう風に情報伝達をしているかということから、いかに病気を治療するか、あるいは予防するかというところまでとても幅広い学問なので、非常に魅力があります。理三の学生はもちろん大部分が医学部に来ると思いますし、2008年度からは理三以外からも十数名が医学科に来ることになっているので、面白い分野だからぜひ来てほしいですね。それから、これからの医学という意味では、高齢化社会になると健康を守る健康科学や看護というのが非常に重要になってくるので、そういう分野を進振りのときに志望してほしいということもあります。

あるいは、医者にはならないけれども医学の研究をしたいという者を、医科学修士というコースで募集しています。ここでは、医学部以外の学部を卒業した人が来て2年間修士課程をやって、そのあとそのまま4年間博士課程に入っていくというかたちになります。その中では他学部では勉強しないような人体解剖だとかいろんな薬の問題とか薬理とか生理とか、そういう勉強をすることになるんですが、そこにもぜひ入ってきてほしいですね。もう一つ、博士課程で入ってきても、医者ではなくても医学に貢献できます。今博士課程には200名ほどの学生がいるんですが、そのうち100名は他学部を出た人なんですね。ですから、博士課程からでもぜひ入ってきてください。

医学の分野というのは自分でやっていても、人に「これは面白い分野だ」と言えるくらい面白いので、いろんな機会を利用して医学に興味を持ってほしいし、他の学部に行った場合でも、共同研究とか共同学習とかの形で医学との何らかのコラボレーションをやっていってもらえたらいいなと思います。

東大は現在の総長の指導で、全国の大学の中でも研究、教育環境がずば抜けた大学となりました。また、ユニークな国際レベルの研究者が沢山います。ここで学ぶ喜びを感じながら、是非時代の研究医となって欲しいと思います。


「医学部」というと「医者を養成するところ」というイメージがあったのですが、お話を聞いてみると、必ずしもそうではないということがわかりました。医学部では今後も、さまざまな観点から医学界をリードしていく研究が行われることでしょう。


医学部ホームページ: http://www.m.u-tokyo.ac.jp/


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掲載日:07-09-12
担当:金井雄太
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