理学部長インタビュー

山形理学部長

理学部は、東京大学の開学時に発足してから現在に至るまで、理学系研究の人材育成を引き受け、屈指の知能を集結している学部である。多くの偉大な研究者を絶えず輩出してきている理学部の研究理念や教育方針について、2009年春に理学系研究科長・理学部長に就任した山形俊男教授にお話を伺った。


―理学部ではどのような研究を行っているのですか。また、学部全体としてどのようなことを目指しているのですか。

理学部とは、自然そのものの仕組みを理解しようという学部です。137億年前に宇宙と自然が誕生し、さまざまな過程を経て46億年前に地球ができました。その地球で生命が生まれ、生命が地球そのものと相互作用しはじめ、歴史を作り出しました。地球の進化が生命の進化と融合して酸素を作り出し、哺乳類が生まれ、そして人類になったわけです。400万年前から大きな温暖化があり、この100万年の間に北極周辺に氷床ができ、太陽輻射が少し変動するとそれが増幅されるような大気海洋システムができました。そしてここ1万年は非常に安定した気候となっています。その長い歴史の中で人間が歩み、文明が発展し、そしていま私たちがいます。その中で人間は、自分の身の回りの環境を理解しようとし、「どうして私たちが存在するのか」と問う、知的な動物になりました。

そう考えると、理学部は、人間の進化そのものを行っているなと思えてくるわけです。最近人間の活動がものすごく大きくなってきて、人間圏が自然圏と相互作用して、いろいろな人工物などを作ってきました。極端な例の1つが二酸化炭素を放出して地球温暖化や異常気象をおこしているというもので、ここにおいて人間圏との純粋な相互作用が始まり、生命圏の中で人間が突出してきました。これからどのように人間圏と地球圏、生命圏が共進化していくのか。そして新しい共進化を生み出すことができるのか、これは新しい未来へのチャレンジです。そこにわれわれの知恵を活用しないといけない。この過程で、人間圏と地球圏との蓄積を作っていくのが理学部だと思うんですね。

先端的な宇宙論によると、私たちがいる宇宙とは別の宇宙が存在していて、その宇宙に別の物理学があり、その物理学を理解している人がいるかもしれない、といいます。この世界で生きている私たちに他の世界を理解できるかどうかは分からないのですが、このような分野にまで人間の知恵が及んできたということはすばらしいことだと思います。

物事を究極まで理解したいという営みが、結果として社会の役に立つこともあったかもしれない。これは歴代の理学部長が言っていることでしょうが、理学部というのはすぐ役に立つことを目指して研究をするところではありません。理学部では、自分の好奇心を磨いていき、他の生物の痛みを考え、その中で共進化するわけです。その意味では、新しい哲学をつくる人々の集まりともいえるかもしれません。

理学部には10の学科(数学科・情報科学科・物理学科・天文学科・地球惑星物理学科・地球惑星環境学科・化学科・生物化学科・生物情報学科・生物学科)があります。生命・物理学・化学・情報・数学・生物・原理・論理・地球・人間といった分野をカバーしています。大学院はより集約されていて、6つの専攻(物理学専攻・天文学専攻・地球惑星科学専攻・化学専攻・生物化学専攻・生物科学専攻)があります。たとえば地球圏の話で、理学部にある学科を考えれば、物理学・生命科学・化学を土台にして、地球というものの中で物事をとらえ考えていく、その中にある論理を情報と数学がやっていく感じになります。

理学部には、理論を研究している部屋、メダカなどの生物をいっぱい飼っている部屋、新物質を合成している部屋など、理学部と一言でいえないくらい多様な空間があり、その中で他の先生方や学生との交流があり、多様な発見の喜びがあります。 ~私は小さい頃、よく庭石をひっくり返していたらしいです。石をひっくり返すと、小さな変わった生物がいっぱいいますよね。普段と違う空間が石の下にある、ということに驚くわけです。その喜びは、新しい発見の喜びと同じものでないかと思います。

そうした発見に驚き、夢を失わず、数学の技術・発見する技術といった"art of science"すなわち科学をやる技を磨くのが理学部だと思います。高校野球でもいいコーチがいれば大会でいい結果を出したりします。コーチと選手の交流の典型といえるような先生は理学部にいくらでもいます。これは最高の場だと思います。

―宇宙・地球の歴史、および人間圏と自然圏とのかかわりから、理学部の研究を見てきましたが、哲学・思想など、理学部以外で行われている研究と共通しているところがあるように思うのですが。

おそらく共通していると思います。科学は論理で進めていますが、その論理が生まれる世界は混沌とした世界なんです。文学などもその混沌とした世界から生まれるわけで、特にこの点で理学と文学は共通しています。私は、文学や歴史を知らないと、科学者としても伸びないのではないかと思います。私自身は文学者になりたくて、今でも憧れているくらいです。

―学部として、どのような教育をしている、またどこに力を入れているのか教えてください。

山形理学部長

今までの学部長も言っていることですが、学生との交流を大切にしながら、丁寧に努力していくことに力を入れています。最近は国際化もありますから、早い段階から世界に目を向けていくことも重要だと考えています。そのため、理学部では3,4年生を世界の主要大学に派遣しています。これは東大でも珍しいことです。最近は海外からの留学生も多くなってきていますから、その意味では非常に開かれてきたのかと思います。世界で生きていける国際人を育て、また研究の上で世界最先端をめざしています。

授業の質の向上にも努力しています。できるだけ科学の豊かさ・科学をやる楽しみ・発見力といったものを学生に伝えられるようにしています。学生の積極性にも期待したいですね。積極的に先生を使ってください。先生は忙しい人ばかりですが、遠慮せずに先生を捕まえるということが大事です。リベラルの理学部には遠慮はいりません。むしろ、学生の方が遠慮してしまっているように見受けられます。理学部では、正しいものは正しいので、権威主義的な先生が理学部にいては困るわけです。理学部は、研究においても経営においても自由を持っています。学生にもその自由の精神を学んでほしいですね。

学生は疲れたり悩みを持ったりすることがあるでしょう。理学部では学生支援室を設置して、専任のスタッフを2人置いています。こういうことをやっているのは理学部だけです。建物に喫茶店をいれたのは理学部が最初です。理学部には先進的な優しさもあるわけです。ビアパーティ・スポーツ大会なども行っています。その中で先生と交流できるように、自由な雰囲気をいれていきたいです。先生が研究や指導以外のことで忙しいなら、その時間を減らさないといけない。事務や、会議の時間を減らす努力を始めています。そういう意味でも先進的で強い理学部をつくろうとしています。

―理学部における研究と社会とのつながりについて教えてください。

山形理学部長

理学部では真理を追究していくわけですが、その中で結果的にいろいろな発展があります。やはり、初めにも言ったように、理学部は人間圏と自然圏との相互作用という新しいものを目指していくわけなので、その過程で社会とのつながりを消してはいけません。私たちが達成したことを、社会にわかりやすく適切に伝えていくことは大事なことです。これは東大の中でも理学部が一番やっているのではないかと思います。この間の公開講座の講演会では1400人が来て、理科離れなんて嘘ではないかと思ったくらいです。人々はこういったことに飢えているし、私たちはそれに応えなければならない。また、先端を研究する一方で、わかりやすい本を書いたり、仕事の結果を社会に役に立てていくということは重要なことです。私自身も会社を持っていて、研究してきた海流の予報を実用化し、企業などに提供しています。

理学部では実に多様な研究が行われ、社会と連携しています。たとえば、実験などで使用する測器の開発は、産業界の技術開発に影響を与えています。いろんな意味で社会と科学技術の連携はありますね。産業界との連携でできた新しい講座「社会連携講座」もあります。

―今の学生に求めることを教えてください。

山形理学部長

私は、教養学部時代にフランス語の勉強をさせられたり、雨月物語を読まされたりしました。"Salon de Komaba"といわれているように、駒場のサロン的な雰囲気を失ってはいけない。駒場の教養課程の存在は非常に重要だと考えています。

駒場では、将来いろんな分野に進む人たちと出会うことができます。これは東大の強さでしょう。科学では、専門家などいろんな人に出会うとき、科学の議論ばかりをするわけではありません。科学を深めれば深めるほど、文化的な人たちと出会う機会は多くなりますが、そのようなときに、中身のある会話をする能力が必要になります。最初のうちはポスター発表・口頭発表・講演で科学の話をしていればいいのですが、そのうち国際会議やプロジェクトの依頼が来るようになります。こうなると教養、幅広い知恵がないとだめですね。当然ですが英語も磨いていないといけません。自分の未来を描いて、今から準備し、そこに近づいていくようにしないといけない。

最近、若い人は夢を失っているような気がします。どうも人として小さくできてしまっているようで、もう少し強い信念を持ってほしいと思っています。ところで今年2009年は、ガリレオが望遠鏡を製作して400年になる年です。ガリレオは地動説を唱えて裁判にかけられ、「それでも地球は回っている」と言った人です。また、孟子は「一千万人が反対しても私は自分の考えを曲げない」と述べました。科学をやるならば、そのような強い意志・信念を持っていないといけない。新しいことをやったり自分の主張を続けたりするためには、自分の意見をしっかり持たないといけない。そうでないと、研究でも他の人の二番煎じをやってしまうことになります。

大切なことは、何かを選択するときは、絶えず考えて、自分自身の中で悩みや葛藤を経て、確固たる理由をもって選択することです。私は強い科学は、強い精神に宿ると考えていて、最近の若い人はその精神が弱いのかな、と思っています。学問をやると決めた以上は、世界の第一人者を志しているわけですよね。だったらそれだけの魂を持たなければならないと思います。

私たちが学部生・院生のときは、先生に細かく指導されるのが嫌で、自分で勝手に勉強している状態でした。最近の学生の多くは先生に頼っているのではないかと。きっとみなさんの方が先生より頭が良いです。もっと上を目指してほしい。傲慢さ・大胆さを若い人はもっと持ってもいいと思います。少なくともそういう気構えを持ってがんばってもらいたいです。


宇宙の誕生、人類の誕生から話が始まりましたが、理学部で行っていることは人間の営みそのものであるとも言えること、そして真理を追究することに伴う喜びが研究の原動力である、ということが印象に残りました。また、理学部にある豊かで多様な空間とそれを支える周りの環境が理学部の良いところだと思いました。

筆者は理学部に進学することが内定しているのですが、今回の学生へのメッセージにあるとおり、強い精神を持ちながら学んでいきたいと思いました。


 理学部ホームページ: http://www.s.u-tokyo.ac.jp/


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掲載日:09-12-19
担当:小長谷貴志
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