ALESS

トム・ガリー先生

ALESS(Active Learning of English for Science Students; 通称「アレス」)は、1年生の理科生全員を対象とした英語の必修講義の一つです。文科生の間でもその認知度は非常に高く、駒場の名物講義と言っても過言ではないでしょう。 ALESSの到達点は、簡単に言うと「英語の科学論文を自ら1本書き上げ、その論文についてプレゼンテーションを行う」いうことですが、そこに至るまでにはいくつものプロセスを経ることになります。具体的には、

  1. 英語で書かれた本物の科学論文を分析・検討することで、論文の論理構造や形式面での作法、フォーマルな用語法を学ぶ。
  2. 簡単な科学実験を自ら考案し、実行する。
  3. 1.で学んだことを踏まえつつ、自宅で自ら論文を書いてくる。
  4. 学生同士が2人一組になり、互いの論文について気付いた点を指摘しあい(ピア・レビュー)、担当教員からのアドバイスも参考にしながら、自らの論文を推敲する。
  5. 行なった実験・執筆した論文に基づき、5分程度のプレゼンテーションを行う。

といった形で授業は進められます。授業は全て英語で行われ、学生同士で議論をするとき、授業外で教員から指導を受けるときにも英語を用いることが求められます。 また、学生に対するサポート体制が充実しているのもALESSの特徴です。実験を行うために「ALESS Lab」というALESS専用の実験室が用意されていますし、講義棟の一角に設けられている「KWS(Komaba Writers' Studio)」では、大学院生のチューターからマンツーマンでライティングの指導を受けることができます。 ここまでご紹介したのは、ALESSのほんの片鱗に過ぎません。そこで今回は、ALESS実行委員会マネージング・ディレクターのトム・ガリー先生(東京大学大学院総合文化研究科准教授)に詳しくお話を伺いました。


1.ALESSについて | 2.授業について | 3.東大の英語教育


ALESS開講のきっかけ

いくつかのきっかけがありました。ひとつは、大学1・2年生時の英語教育、あるいは教育全体をいかにして能動的なものにするか、という課題が以前からありました。そのときに、能動的な教育を達成するための教室環境を作らなければならないという問題が出てきたわけです。これは、ALESSに限ったことではなく、例えば数年前に17号館にできたKALS(Komaba Active Learning Studio)や、つい最近オープンした21KOMCEEでは、「教壇があって、固定されている椅子がある」というわけではなく、テーブルも椅子も移動できるようになっています。これは、教室の環境をActiveにするために設計されたものなんです。それはALESSが始まる以前からの一つの教室開発の流れでした。

でも、どうしてそれが英語授業において特に必要なのでしょうか。日本での英語教育の伝統は、明治時代以来、受動的に、海外からの情報をいかに有効に日本に取り入れるかというのが主流だったんです。もちろん、明治維新の時の改革では、海外の、特に欧米の技術や知識というのは日本にとって必要だったので、当時は、時代に合ったパラダイムだったと思うんですが、戦後、特に60年代・70年になると、それも前時代的なものになり、日本が海外から情報を得るのではなくて、日本で新しく作った技術や知識を海外に発信するという必要が出てきました。ご存知のように、英語は世界の共通語になりました。例外もありますけれど、多くの場合は、異なる母語の人たちがコミュニケーションする時に、そこで使われている言語が英語になっている。それは必ずしも、英語圏と英語圏以外の人との交流に限ったものではないんですね。そうして、英語で「発信する」ことが必要になりましたが、特にどの分野で一番重要だったかというと、理系の分野、特に、科学・工学などの分野。なぜなら、自然科学の研究の対象は、その国のことに深く関わっているわけではない。物理学者が研究する素粒子の動き、天文学者が研究する宇宙の様々なものは、それが日本の宇宙、アメリカの宇宙と分かれているわけではない。自然科学の分野では、研究対象が言葉や文化と関係ないので、共通の言語がどうしても必要になります。それと対照的に、例えば文学や法学は、それぞれの国によって違うし、共通語によってやり取りするのが少し難しい時もあります。もっとも、共通語を使う必要もありますが。

トム・ガリー先生

もうひとつは、30年、40年前に、フランスとかソ連とかドイツで発表された科学の研究論文は、それぞれの国の言葉で書かれることが多かった。40年前では、ソ連だったらロシア語、フランスだったらフランス語で研究が発表されていましたが、現在は、フランスでもロシアでも、そして日本でも、全世界で、英語で発信するということが多くなりました。科学雑誌も、英語で書いてあることが多い。日本国内の研究会でも英語で発表することが多くなりました。それに東京大学では、理系の学生の約8割が大学院に進学します。これは世界でもとても高いレベルだと思います。そして特に大学院に入ると、英語で論文を読むだけではなくて、英語で論文を書くことが多くなりますし、海外の研究者との交流や研究会を通しての口頭発表など、様々な形で共同研究や交流があって、それも大体英語で行われています。東大の中でも、理系の研究室に様々な国の人が集まっていて、研究室の共通語が英語になっている場合もあります。

ですから、特に理系の学生たちに、英語のスキル、特に英語を発信するスキルが必要だということがあるんですね。でも、今までの英語教育は、それにはっきり言って対応していませんでした。発信することについては、この駒場(編註:東大の1,2年生全員が過ごす駒場キャンパスのこと)で様々な試みがありました。例えば、Academic Writingの教科書を出版しましたし、英語二列(P)(編註:1年生対象の英語の必修講義。ALESSは、英語二列(P)の特別プログラムとして扱われる)の中では、プレゼンテーションがあったり、論文を書いたりしているんですけれど、それは理系に特化してはいなかった。私が東大で教え始めたのは2002年でした。本郷の大学院理学系研究科化学専攻で、博士課程の学生たちに英語のWritingを教えていました。

そこで特に痛感したことは、理系学生は修士課程または博士課程でやっと英語論文を書き始めることになりますが、その前に英語論文の書き方についての指導や理系に特化した英語の教育をほとんど受けていないということです。駒場で2年間英語を勉強した後、3・4年生ではほとんど英語を使うことがないのです。ですから、東大の理系の学生たちの進路を考えて、どうやって必要な英語のスキルを育てることができるかを考えたんですが、我々が駒場で出来るのは、1年生・2年生の英語教育ですので、とりあえず、その範囲でやってみることになりました。

ちょっと話が戻りますけれど、私は2002年から2005年まで、本郷で非常勤講師として教えていて、2005年からはこの駒場に来て、当時の「教養教育開発機構」という組織に入りました。いまは「教養教育高度化機構」というものになりましたけれど、旧開発機構の中に、「Critical Writing Program(CWP)」というプログラムがありました。それも英語に関するものですね。そこで私ともう一人の教員が、様々なパイロット授業を行なっていました。「こういうような英語のライティング授業をやったらどうなるか」とか、様々な形でやってみましたが、理系のライティングは学生たちからの反応が非常に良かった。15人しか履修出来ない全学自由研究ゼミナールの扱いでやっていたのですけれど、そこに50人とか60人が集まってきたのです。そしてその数年間、様々な形で授業をやってみて、その途中で、学生に実験をやらせてそれに基づいて論文を書かせるということをやってみたら、学生たちのモチベーションも上がったし、論文の英語もしっかりした物になりました。そして大学全体からの理解も得て、2008年からALESSを始めました。もちろん、教員を雇ったり、オフィスを作ったりするのに予算も必要になりましたが、大学にも協力していただいて、開始にこぎつけました。

授業運営

ALESSの授業は全て英語で行われます。説明も英語、プリントも英語、発言や議論も英語です。なぜこのような形をとっているのか、疑問があるかもしれません。

トム・ガリー先生

外国語を教える際に学生の母語を使うべきか否か。英語教育全体の中で意見が分かれているところではあります。東大に入ってきた一年生には、海外に行ったこともなく、授業以外の所での外国人との交流もほとんどないという人も多い。でも、将来海外に行って、海外の研究所で働いたり発表したりとか、海外から様々なことを学んだりするだろうし、日常的にも英語で話すことが多くなるし、外国人がしゃべってる英語を聴きとる必要もあるので、とりあえず教室の環境は、できるだけそのような環境にしようと我々は思っているんですよ。実際に海外に行くと、長年英語を勉強しても、相手の人たちの言ってることが分からないことが多い。自分では分かるはずだと思っていても、実際には分からない。 学期末に学生にアンケートをすると、その中に「先生が言っていることが一部理解できなかった」といったコメントがあることにはあります。

東大生の英語力は非常にレベルの幅が広いんですね。帰国子女もいれば、受験英語は出来るものの実際に英語を口から出したことはなく、リスニングが苦手な人もいるんです。全員が、教員が言ってることを100%分かっていると我々も思っていない。それに、実際に英語を使おうとすると、最初から相手の言っていることが全部分かるわけではない。でも、文脈から言おうとしていることを想像したり、分からないことがあったら聞き返したり、そういう実際の場面を経験させたいというのが、このような形を取っている一つの目的です。

もうひとつ付け加えると、日本人が日本語を使って英語を教えますと、どうしても翻訳が多くなります。この英語は日本語ではこういう意味ですよ、ということですね。それが有効な場合もありますけれど、2つの言語、例えば日本語と英語に、一対一の関係があるわけではない。高校までの勉強の中では「こういう単語は日本語ではこういう意味だよ」というふうにみんな勉強しているんですが、実際には、言葉は文脈の中で意味を持つものですし、その文脈は言語によって違うし、ましてや一対一の関係があるわけではない。英語を、英語として理解させようと思っていますので、授業も英語でやっています。

でも、英語といっても、必ずしも「ネイティヴの英語」というわけではない。ネイティヴというのは、これまた明治時代の英語教育に近い発想なんですね。英語といったらまずイギリス、その次はアメリカ、と考えられていたんですけれど、いま理系の世界では、様々な国の人たちが英語を使っています。ですから、ALESSの教員にしても、必ずしもアメリカやイギリスの出身とは限らない。今までALESSの教員の中には、台湾出身とか、ポルトガル出身、フランス出身、日本出身の教員もいます。


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掲載日:12-03-25
担当:美世一守
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