経済

文科生の必修科目「社会科学」の一つである「経済」。今回はその中で開発経済学を中心に講義を担当している中西徹教授に講義の概要やご自身の研究との関連性についてお話を伺った。


「経済」という授業について

中西先生

――経済の授業で扱う領域についてお聞かせください。

「経済」の授業というとミクロ経済学やマクロ経済学を基礎とし数学を多用する経済学を思い浮かべると思いますが、本学の経済学部には、他にも経済史学・マルクス経済学・経営学・会計学といった様々な分野も存在しています。ですから「経済I」という名前の導入レベルの講義であっても、わずか90分の授業で経済学部が提供している全ての分野についてを扱うことは到底できないですし、一つの分野に集中するにしても充分ではないと思います。
また、私の専門は開発論に関する分野で、ミクロ経済学やマクロ経済学の基礎は勉強したと言っても専門ではありません。そのような私に課せられた課題は、おそらく、経済学で何ができるのかを専門分野を通じて、伝えることなのだろうと思っています。より具体的にいえば、開発経済学の基礎を勉強して、具体的にどういったところに経済学は役に立つか、ということを入門的に伝えることを授業の第一の目的としています。

第二の目的としては、少々語弊があるかもしれませんが、経済学に対する一方的な見方を解くということがあります。世の中には様々な論者がいます。いわゆる「市場万能主義」つまり自由主義や自由化であらゆるものが改善できるという風に考える人も少なくないかもしれません。例えば、現在はようやくそれに対する批判が多くなってきましたが、小泉政権の頃には「新自由主義」という言葉がもてはやされたのはその証左かもしれません。しかし、このように考える経済学者は決して多いわけではありませんし、そのように主張している人たちが経済学者だけというわけでもありません。こうした政策に対する批判が全て経済学や経済学者に向かうというのはちょっと行き過ぎているんじゃないかと思います。世界には、むしろうまく機能していない社会が多く、そうした社会をどのように分析したらいいか、という関心を持つ経済学者によって最近の経済学は発展してきた、という事実があるからです。ですから、安易な批判というのに陥らないような知識を身につけてもらう、ということも目的としています。

第三に、経済学だけで全てのものが整合的に分析できて、人々にとって幸せな生活が保証されるほどそれは万能なのか、といわれると、そうではないということにも注目してほしいと思います。1998年にジェームス・スコット(編注:1936-アメリカの政治学者・人類学者)が"Seeing Like a State"という著書の中で「画一化」という言葉を用いて、為政者が彼らにとって見通しのよい社会をデザインすることの危険性を指摘しています。画一化が行われると社会を構成する重要な存在である「個」(スコットは実践的な民衆知(metis)という言葉でそれを表現しています)が失われてしまいやすく、それが開発政策の失敗を導いた事例は少なくないと主張するのです。
経済学、特にミクロ・マクロ経済学のような分野は「論理実証主義」という学問の進め方をとっています。すなわち、仮定から演繹的論理操作を用いて結論を導くモデルを作り、そのうえで、それが本当に現実の社会をうまく説明しているかどうかということを確かめながら発展してきた学問であるといえるのでしょう。ところが、モデルを作る時にはどうしても「単純化」という行為が必要になります。すると、社会において小さいけれども重要な性質、というものがそのモデルからは切り捨てられてしまう可能性があるという議論があり、私もそのように考えています。とくに開発経済学のような分野ですは貧困層を対象にするので、そういう傾向は強いのではないでしょうか。

これは私が主に研究のフィールドとしているフィリピンの事例ですけれども、「アエタ族」という山岳民族がフィリピンにはいます。彼らはピナトゥボ山(編注:フィリピン北西部にある火山。1991年に大噴火を起こした)が噴火したときに生活の場を失って避難民となってしまったので、世界銀行や多くの先進国、あるいはNGOの人たちが援助をしたのです。このこと自体は、人道上すばらしいことだと思います。災害時に適切な援助が速やかに実施されることは人々の安心・安全を保障する重要な条件です。
その援助計画の中には、低地に彼らを定住させて、職に就き所得向上の機会を提供し、低地の社会に彼らが適応できるように援助をしようというプロジェクトがありました。ところが、これを実施したところ、私が訪れた場所では、ほとんどの人が10年後までには山に戻ってしまったのです。
彼らは山の生活でなければ生きていけないのですね。彼らは一見すると外界から切り離されている山の中で、我々先進国の国民から見ると貧しい生活を送っていたように映りますが、彼らの村を実際に訪れてみますと、そのような考え方は間違いだと分かります。たしかに、一見すると、雑木林が後ろにあって、粗末な家が建っている。それだけの光景です。しかし、住民にインタビューをすると、彼らは裏山の雑木林に育つ植物の名前、そしてそれらがどこに生えているのか、それらがどのような特性を持った植物であるかを全て把握していることに気づきます。我々にはただの原生林のように見えるのですが、彼らはそれをちゃんと管理しています。アエタの人々は「植物多様性」という面倒な言葉自体知らないにしても、その内容を理解しているのですね。彼らはその自然の恵みの中で固有の価値観を持って生きています。彼らにとって援助は一時的にはありがたいものだったのですが、その多くの人々は、低地に定住し、その経済社会の中で生きるという選択肢は拒否したのです。
つまり、我々が良かれと思ってしたことでも、彼らとしては意に添わない、ありがた迷惑だということが往々にして起こる、そしてその理由の一つが人間の多様性、個の重要性にあると思います。そういったことは、その場所を訪れ、彼らと話し合わない限り、なかなか発見できません。だから理論だけではなく現場を知る、ということは非常に重要だと思っています。人間社会を「画一化」したり「単純化」したりして理解しようとする試みには多くの「危険」があることを、経済学を学ぶ際に常に念頭に置かなければならないと私が考えるようになったのはこのような経験を多くしてきたからです。東大の学生は特に研究志望の人も多いですし、現場についてよりも理論の方が面白いと考える傾向があると思いますが、そういったことも少しでも理解してもらえれば、と考えています。

講義の工夫

中西先生

――経済学を分かりやすく教えるために講義の中で工夫されていることは?

私が担当している時間帯は特に文三や文一の学生が多いので、経済学を前期課程の中で勉強するだけで終わってしまうということも多いかもしれないということを念頭において授業をしています。例えばミクロ経済学は、場合によっては、ほとんど数学に近い授業になってしまいかねません。そうすると多くの人はやはりそれだけでめげてしまいますし、90分の授業で扱うのにも限界があります。ですから、使わないわけにはいかないのですけれども、あくまで初歩的な部分に限って数学を使い、それを発展途上国にどのように適用できるのか、という内容に重点を置いています。
しかし、「数学を扱う」ことは、重要であるとも思います。文系の学生には数学は得意でないと考えている人も多くいるので、数理的な話は最小限にとどめておきたいと思う一方で、「限界生産性」などの限界概念は微分を使うと、さらに理解が深まるように思えます。数学を取り入れることの意義にも言及できればと思っています。
そして、先ほどから言っているように経済学は万能ではない訳ですが、かといって経済学が全く絵に描いたというわけでもありません。ですから、経済学の魅力、あるいは良い点や不足している点もある、そういう経済学の持つ様々な面が垣間見えるような授業ができればと思っています。

専門分野との関連

――先生のご専門は講義の中でどのように活かされていますか?

私は「発展途上国における貧困とコミュニティ」というテーマについて、フィリピンを主なフィールドとして研究しています。授業では「農村の貧困」という主題について、土地制度の分析を中心に勉強するのですけれども、フィリピンは300年以上スペインに支配されてきた歴史があります。ですから、日本と同じような中小地主制度とともに、アジアでは唯一、ラテンアメリカ的な大地主制度が残存しています。そうした問題を基礎的な経済学の方でどれぐらい分析できるのか、というのがテーマの一つになっています。
都市については、「都市の貧困」を経済学を用いてどのように理解できるのかを論じる中で、人々の幸福の達成のために、コミュニティはどういう役割を果たしているのかという現在の私の研究に言及しています。本当はこういう問題をもっと講義で扱えれば良いと思いますが、なかなか時間的に難しいです。

あともう一つは、これは授業の一環ではないのですが、「現場を見る」という経験をしてもらうという意味も込めて、実際にフィリピンに行きたいという学生グループが出てきた場合には、日程が合えば、夏休みに10日間ほど、現地で彼らと合流して農村や都市の貧困層など様々な場所を案内してきました。講義や成績とは一切関係ないのですが、それでも毎年、少なくない数の学生が参加し、スタディ・ツアーのようになっています。

――フィリピンでは具体的にどういうところも見て回るのですか?

主として、貧困の現状に接し、そこで生きる人々と出会い、学ぶことを目的としています。農村については、都市在住の貧困層の人々に2泊3日で自分の出身地を案内してもらっています。都市については、マニラでは私が長年調査対象にしているスラムでホームステイをします。1993年に私が経済学部に在籍していた時にゼミの学生を連れていったのが始まりで、2000年に駒場に移ってからも続けてきたので、15年以上続いていることになりますね。2泊3日の日程で学生1人が1軒の家に泊まり、もちろん私もその中の1軒に泊まります。その他には、スモーキー・マウンテン(編注:フィリピンの首都、マニラ市近郊のスラム街。ゴミの処分場に位置している)のNGOを訪れたり、フィリピンの東大にあたるフィリピン国立大学で学生たちと交流したりすることもあります。
よく聞かれるのは安全面についてですが、いつも初心を忘れずにいることは心がけていますが、この研修旅行の中で私が一番安心できるのは、じつはスラムのホームステイの時です。私にとってその地域の人々とは25年の付き合いがあります。家族同様と言っても過言ではありません。私は居住者の人の全員に加え、スラム内部の複雑に見える道も全て知っていますし、逆に、そこの全ての人々が、8月頃、私と学生が訪れることを知っています。学生の誰かがちょっと体調を崩したりしても、近所伝いに30秒ぐらいで私の耳に届きますね。マニラには病院も完備していますから、場合によってはすぐに連れて行くこともできます。ですから、私にとってこのスラムは安心できるところなのです。

学生へのメッセージ

中西先生

――ホームページをご覧になっている方に一言お願いします。

先ほどから強調しているように現場を見てほしい、ということですね。私が調査しているスラムは不法占拠区なんです。そこは日本人から見ると非常に貧しいところですし、法的な所有権がない人々が住んでいる場所です。ですから、もちろん私も自戒を込めてお話ししなければいけないと思うのですが、そこを訪れるとき、我々はどうしても「貧しい人々」を助けたい、「援助」という意識が強くなってしまいがちだと思っています。援助する側の意識です。
たとえば、教育問題について考えてみましょう。発展途上国における教育というと、現状では初等教育への援助がほとんどです。たしかに、初等教育は非常に重要なことです。しかし、現地に行かずに初等教育終了後の彼らの行く末までを想像することは決して容易ではありません。初等教育さえあれば十分だと私たちは思い込みがちではないでしょうか。援助を受ける側の彼らを無意識のうちにそれだけの存在に見てしまいがちなのではと危惧します。

4年前にその地区で初めてフィリピンで最難関のフィリピン国立大学に合格した学生が出ました。彼は裕福な家庭であれば必ずいく塾にも通えず、喧噪の渦巻くスラムの中、独力で勉強し、難関を突破したのです。ところが、その彼は交通費が払えない、といっていくのを諦める寸前だった訳です。フィリピン国立大学は東大と同じ国立大学ですから学費は安いのですが、一往復の交通費は一日の最低賃金の4分の1から3分の1ぐらいになってしまいます。NGOの奨学金では賄いきれなかったのです。彼の場合は、苦労して外の篤志家から奨学金を見つけ、この4月に学科2位の成績で卒業できる見込みになりました。中には高校の先生から合格の太鼓判を押されながら諦めた人も過去には少なからずいます。その中の一人の女性は、11人兄弟の6番目だったかな、それでお父さんが亡くなっていたのでお金がたりないというんで、受けること自体を諦めてしまったんです。ですから、機会さえ恵まれれば、フィリピン国立大学に合格する子どもたちはスラムにも少なからずいるはずです。現地に行かなければ私たちはなかなかこのような事情を理解することは難しいように思えます。
確かにスラムの状況は、様々な面で受験には不利に働きます。貧しい上に、落ち着いて勉強できる場所も無い。今、このスラムでは5人ほどの学生が日本でいう「特進科」にあたるようなクラスに入っています。フィリピン国立大学の入試は内申が半分程度を占めるので、そこに入るとフィリピン国立大学への合格の道がかなり開けてくる、という感じですね。で、その中の一人の女子学生の家は、広さが大体6畳もないほどの広さで、電気がないんですよ。そこで勉強しろっていわれてもね、大変でしょ(笑)。だから宿題は隣の家に行ってやらせてもらうんです。ところが、彼女は地区で開かれる化学の大会で入賞するぐらい優秀な子なんですよ。
もちろん、他にも優秀な子はいるんですけれども、特に女性の場合、高校時代に妊娠してしまって中退してしまうケースが多いんです。男子学生も責任を取って結婚しますから、一度に二人が中退してしまうのです。スラムでは男女の交際もおおらかに過ぎるんですよね。ですから、スラムの中の人は誰もが「もっと環境が良ければなぁ」という風に思っているんです。環境さえ整えればすぐにフィリピン国立大学の合格者だって出てくるはずだと。(インタビューの後、上に述べた女子学生を含め、3人がフィリピン国立大学に合格しました。)

繰り返しになりますが、我々援助をする側はどうしても見下してるところがあるのではと、自戒を込めて思います。私も今話したフィリピン国立大学に合格した彼のケースは非常に特異なケースだと思いこんでいました。でも、当たり前のことなのですが、優れた人っていうのはどういう場にもいるんです。そういったことは、やはり現場に行って、詳しく見てみないとなかなか実感できないと思います。
我々は貧困層を見ているとある程度の教育を受けられるようにしたい、というところで終わってしまいがちです。でも、彼ら自身が、みなさんと同じように、将来、真の意味での「エリート」として成長する可能性を秘めているんです。言われてみれば当然ですが、貧困を知る人々は、自分たちの力で彼らを取り巻く貧困の状態を変える可能性を持っています。そういった当たり前の事実を自分の目で確認するだけでもスラムの見方が変わってくると思います。世界には環境が悪いために、能力も意欲もあるのに自己実現の場が失われている人たちがいる、そういう人たちのためにも、みなさんがこれから世の中をリードして良い方向に変えていくことを心から期待しています。

取材後記

「経済学」という言葉には様々なイメージがあります。その中で近頃は「金儲け」のようなイメージがとかく強調されがちですが、この講義ではもっと現場目線に立った「経済学」のひと味違った側面が垣間見えてくるようでした。

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掲載日:10-07-12
担当:関口慧斗
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