全学自由研究ゼミナール「英語で短編小説を読む」

1.授業について | 2.学生へのメッセージ


全学自由研究ゼミナール「英語で短編小説を読む」は毎週10ページ程度の英語短編小説を読んでレポートを提出し、内容についてディスカッションするというものです。筆者もこのゼミを履修しました。毎週の課題は大変でしたがゼミがすべて終了したときの達成感は大きいものでした。このゼミを担当してくださった文学部現代文芸論研究室教授の柴田元幸先生にお話を伺いました。

全学自由研究ゼミナール「英語で短編小説を読む」について

―全学自由ゼミナールの「英語で短編小説を読む」はどのような授業ですか?

僕が所属しているのは現代文芸論研究室という世界文学を研究する所です。そこには3人教員がいて、駒場で持ち回りで講義を持っています。持ち回りの授業ではありますが、駒場で授業をやるのは嫌いではなく、本郷とは違う感じだから楽しいですよね。駒場は理系の人がたくさんいて、文学部ではなかなか出てこないような意見が出てきたりして、新鮮なのでそういう意味で好きですね。

総合科目でやってもいいんですけど、やっぱり成績つけるのが嫌い……というか、成績つけるのって本当に面倒くさいんですね。前期教養課程の場合には優は何割とかそういう縛りもあるし、点数を上げようと思って来る人もいるかもしれないというのはうれしくないから、全学研究自由ゼミナールになりますね。成績をpass-fail(註:(段階評価でなく)合否判定方式)で出せるのですごくいい。本当にモチベーションが高い人だけが集まる場所だってわかっているんでいいですね。

―毎週課題を読んでくるのはかなり過酷でした。

そうですよね。毎回10ページくらいの短編小説を読んでくるだけではなくて、きちんとレポートを要求しているわけだから。年によっては脱落者もいます。今年(註:2012年度冬学期)は、テクストを全部僕が選びましたが、年によっては2、3本決めて、後はリクエストを受けてやることもあるんですね。でもそうすると必ずしも難易度や長さをこっちがコントロールできないじゃないですか。リクエストのあった作品があまりに難しいともちろんやらないですけど。「このままやってもなんとかなるかも」と思ってやってみて「やっぱりだめだった」ということもありました。そういう難易度コントロールができなかったりすると、やっぱりさすがについてこられない人が出てきたりもしますけどね。

―課題となる短編小説をどういう基準で選択しているのか教えてください。もちろん難易度や長さということもあると思いますが、物語の内容でいうとハッピーエンドで終わらない話や不思議な話が多かった印象があります。

まずは僕が読んで退屈しないということです(笑)。あとは受講する学生の男女比や21世紀に入ってからの小説とちょっと前の小説、みたいな年代のバランスもある程度は考えますけど、歴史的に重要であるといった面白さ以外の要素はほとんど考えないですね。つまり「これはつまらないけど大事」というのはありません。とにかく僕が読んでつまらないのにそれを学生が面白がるかということは期待できないわけです。僕が面白いと思っても、学生にとって面白いとは限らないですけれども、それ以外に判断の基準は持てないですね。教師をやっていて一番痛感するんですけど、「僕は面白くないけど学生は面白がるに違いない」と思う予測ははずれます(笑)。そういう風に、計算というか推測してもダメなので、結局、基準は自分にしかない。そうすると、僕は現実からちょっとずれたような話が好きなので、どうしてもそこに集中してしまうっていうことはありますね。

―今回のゼミの形式はよくあるものですか?

僕は1988年に東京大学教養学部の教師になったのですが、それから25年間ずっと同じ形式でやっています。自分が学生だった頃は、ゼミで全然ついていけなくて発言できなかったんですよね。言いたいことが無いわけじゃないんだけど、他の人に圧倒されて全然話に入っていけないんだよね。そういう人って多分たくさんいるだろうと思うんですよね。それで「じゃあどうすればいいのかなあ」と考えて、予めレポートを書いてきてもらうことで教室に来るときすでにかなり考えている状態になっていてもらうことにしました。要するに、みんなにしゃべらせるための方便ですね。発言もしやすいだろうし、仮に教室では何も言えなくても、紙に書いた言葉ということで僕に向かっては発言したことになる。もちろん当てたっていいんだけど、当てられてもうまくいくわけでもないだろうなという気はするので。当てて強制されるよりも準備をたくさんした形で教室にきてもらうということを考えると、レポートを書いてもらうというスタイルの方がいいかなと思います。

―ゼミのディスカッションを活発にする工夫は何かありますか?

それは無いですね。人数が多ければ当然しゃべらない人も出てきますけど、その人に無理にしゃべらせるという形で強制してもあまりうまくいかない。だからそれはそれでいいやと思っているんですよね。

ちょっと話はずれますけど駒場で翻訳の授業をやったころは、最低100人は来るわけですよね。そうするとディスカッションなんてできないから、その100本の翻訳に赤を入れて、返して、それでオーバーヘッドカメラで画面に何本か学生さんの翻訳を映して、これはここが良いとか悪いとか、赤入れてくわけですよね。だから学生は授業を聞いているだけなんだけど、大体そこで問題になることが自分がその翻訳を作る上で散々考えた点だから、単に聞いているだけというよりは、何かしている気になれる。だから必ずしもspeak up(自分の意見を自由に話す)しなくても、その場に精神として参加できていればいいなと思います。

―駒場の学生と本郷の学生の違いは何かありますか?

たぶん、駒場の1, 2年生の方が、文学が人生に役に立つと思っているんじゃないかな。文学だけじゃなくて「自分が世の中に出て役に立つんだ」という気概とかも駒場の方があって、もっとさかのぼって高校生としゃべるとそれをもっと感じますよね。

文学部に実際に進学すると、そういう気持ちがなくなるというよりは、そうやって世の中の役に立つようになるまでの道は遠いんだっていうことがわかってくるっていうことかもしれない。

翻訳の仕事と読書について

本

―柴田先生が翻訳の仕事を始めるようになった経緯を教えてください。

本当に成り行きですね。僕は東大の教養学部の前は東京学芸大にいたんですけど、大学で英語の教師をやっていると、翻訳の仕事っていうのがアルバイト的に舞い込んできたりするんだよね。最初のうちは別にこっちが好きで選んだものじゃなくて、向こうが選んだものを持ってきたもので、しょうもないものはやらないですけど、敬意がもてるものだったら、引き受けていました。そうやっているうちに編集者の知り合いも出来て、そんな中で「何か、おもしろいもん無いですかね」と訊かれたりして「こんなのあります」みたいにやっていくうちにだんだん今の様な状態になった。大ざっぱにいうとそういうことですね。使命感に燃えて、出版されるあてもないのにコツコツ訳して出版社に持ち込んだとかそういうことはしたことがないですね。

―おもしろい現代の小説が出ているっていうことに、いつも目を光らせている感じというのはあるのでしょうか?

翻訳をやるようになってからはありましたね。最初はいつも目を光らせているというよりは、単に好きで読んでいたというだけですね。最初のうちはあてなんか全く無いし、編集者や出版社ともコネクションは無いし。そもそも僕が大学院生、若手教員の頃は、外国文学の翻訳はあまり出なかったですよね。まだ村上春樹さんが始めたくらいで。それより前は翻訳不可能な実験文学が多かったし、戦前のフォークナー(※1)だとかフィッツジェラルド(※2)だとか優れた作品が翻訳されていないという状況はだいたい終わって、大事なものは一通り翻訳されていた。要するに僕らの世代の出る幕がないっていう感じでした。だからなにも考えてなくて、単に好きで読んでいたんですね。そのうち、ふと書店で外国文学の棚をみてみるとまだ訳されてないものがいっぱいあると分かって訳すようになったということですね。

―最初に書籍になったのはどのような本でしたか?

最初に書籍の形になったのは1989年に出版された『バトル・オブ・ブラジル』という映画についての本です(※3)。イギリスのギャグ集団モンティパイソンの一員であるテリー・ギリアムが“Brazil(邦題『未来世紀ブラジル』)”という映画を作ったのですが、本はそのときギリアムが映画会社といかに戦ったかという内容です。それで本のタイトルも『バトル・オブ・ブラジル』というんですね。

それから89年の夏にポール・オースターの『幽霊たち』を新潮社から出してもらって、ここからは本当に100%自分の好みで翻訳をやっているという感じです。

―今はどのくらいのペースで翻訳の仕事をしていますか?

学期中はほとんどできないですね。だから夏休みにがんばる。学期中は雑誌で連載をやっていればやりますけど、単行本の翻訳を落ち着いてやるのは、休み中だけですね。

―先生がお手本にしている日本語の作家や文章はありますか?

手本にしている作家や文章はないですね。原理的には翻訳すべき英語の原作にはそれぞれ独自の声があるから、それにあわせて日本語がでてくるべきなんです。だから仮に「この人の文章いいな」というのはあっても、その人の文章が使えるとは限らない。そうはいっても「この人のこの自由さはお手本になるな」というのはありますね。翻訳者としての柔軟さに関してお手本になるのは藤本和子さんと、あとやっぱり村上春樹さんですね。

あまり偉そうなこといえないですけど、大学3年くらいまであまり本は読まなかったけど、北杜夫は好きでした。ユーモアとセンチメンタル。その二つが一緒になっている人は割と好きですね。

―以前、受験勉強が翻訳の仕事に役に立つというお話を聞いたのですが、どのようなことでしょうか。

今の大学入試のことはあまり把握していないので分かんないけど受験英語って割と世間的には重箱の隅をつつくようなことを聞いているという印象があるじゃないですか。でも、重箱の隅を隅から隅までつっつくのがまさに翻訳の仕事なわけだよね。だからそこでは本当に細かい違いが、例えば、なんで過去形じゃなくてhaveプラス過去分詞を使うか、なんで現在形かとか、なんで語順が普通だったらここにくる言葉がここにくるだとか、まさにその重箱の隅をつつく精神の積み重ねが翻訳では大事なんですよね。

―英語の文のニュアンスを日本語に伝えるということは、結構難しいことなのではないかと思います。受験英語だったら採点者のために「自分はこれだけちゃんと英語を知っています、理解しています」いうことを伝えればよいわけですが。

試験の答案と翻訳の違いはまさにそこですよね。答案というのは結局分かっている人に向けて書くんだけど、翻訳というのは訳文が分かっていない人に向けて書くんですよね。そこは違いますよね。だから、「英語のニュアンスを100%伝えることは無理だ」という風に思い始めればそれは当然無理なんですよ。100%伝わるなんてことはあり得ないので。完全主義者に翻訳はできないですけど、それを言い出すと翻訳に限らず人生100%何かが出来るというのはあんまりない。でも90%伝わるほうが70%伝わるよりいい。なるべく100%に近づけるために工夫する。がんばるということはできる。

―たとえば、若者の言葉とか年寄りの言葉、方言などは、翻訳するのが難しいと思います。

そうですね。どうしても翻訳は原文よりおとなしくなりますね。やっぱり原文と同じくらい、今の日本語でいうところの「キャラが立っている」感じに翻訳するといかにも翻訳者が工夫していますっていう感じで、翻訳者が前にでるような訳になってしまう。村上春樹さんが翻訳した『キャッチャー・イン・ザ・ライ』だって、村上さんがどうっていうわけじゃなくて原文はもっと攻撃的な感じなんですよね。それは誰がやってもなかなか出来ないですよ。どうしてもおとなしくなるね。それはもう仕方ないですよね。

方言なんかは本当に大問題ですね。例えば、井上ひさしが『父と暮らせば』という広島弁の戯曲を書いていますが、ロジャー・パルバス(※4)はそれを普通の英語に訳しています。でもこれは仕方ないですよ。広島弁が標準語の英語になっているのはけしからんとかいう批判をしているけど、そう批判する人に限ってじゃあどうすればいいかは言わない。ずるいですよね。アメリカのどこかの地方の方言にすればいいかというと、それはアメリカ南部の黒人の英語を東北弁に翻訳するとの同じで人工的なある種のわざとらしさがあってね。すごくがんばって、翻訳者がパフォーマンスすると翻訳って最悪なんですよね。やっぱり作者が前に出て、翻訳者は後ろにいないといけません。

―翻訳者を目指す人は、たくさん本を読むことが大事なのでしょうか?

最終的にはもう、語学力と丁寧に文章を練る熱意があればそれでいいと思います。翻訳は英語力と日本語力があれば誰にでもできるって言うか(笑)。

もちろんたくさん読んでいることは大事です。例えば読んでないと、どういう表現が普通でどういう表現が普通でないのかの班だがつかない。ただ、筋力トレーニングみたいのが嫌なんだよね。そうやってもあまり身につかない。なんでもとにかく苦行というか訓練という風にやっても、たぶんうまくいかない。何かを一日100ページ読むと決めるにしても、そういうのを楽しめればそれはもちろんいいんですけど。とにかく楽しめば楽しむほど力になると考えていいんじゃないでしょうか。

―タスクというかノルマとしておもしろくない文学作品を読むんだったら、好きなものをいっぱい読む方がいいということですね。

そうですね。


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掲載日:13-10-27
担当:久保京子
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