ジェンダー論

瀬地山先生

今回の講義紹介では、総合科目「ジェンダー論」を紹介する。この授業は毎年夏学期に開講されており、常に教室が満員になるほどの人気授業である。担当する教員・瀬地山角(せちやま・かく)准教授にお話を伺った。


1.「ジェンダー論」について | 2.学生に対して


「ジェンダー論」で扱う領域

ジェンダーというのは、最近高校で習っている方も多いかと思いますが、普通に訳すときは「社会的性差」と訳します。対立する概念は「生物学的性差」で、例えば子どもを産める・産めないというのは生物学的に決まっていることです。しかし、私達が「男だからこうしなきゃいけない」「女だからこうしなきゃいけない」と思っていることの大半は、生物学的に決まっていることではなくて、社会的に人がそう考えていることにすぎない。人がそう考えていることなら、人と人とが相談して変えていくことができるのではないか。ジェンダーというのはそういった生物学的決定論から自由になるための爆発力・破壊力をもった概念なんです。ジェンダー論はそのジェンダーをキーにして発達していったさまざまな学問の総称になります。

私の講義は、性だとか性差だとかについて、私達の社会が当然だと考えていることが社会を変えてみるといかに「当然ではない」かということを感じてもらい、その過程を通じて、自分達が当然だとしていることがいかに「変わっている」ことかというのを実感してもらうためのイントロダクションになればいいなと思ってやっています。

高校で現代社会や家庭科の中に含まれていた内容の一部を大きくしてやっているという感じですかね。面白い授業をする家庭科の先生なら私がやっている内容と重なるようなことをしている人はいるかもしれません。現代社会でも扱える問題ですね。

保育園

駒場が「ジェンダー論」という講義を開くようになった経緯は、社会的な要請と関わっています。男女共同参画社会基本法が1999年に制定されたのですが、文部省は国の機関で、東京大学は旧文部省の出先機関の一つでしたから、男女共同参画に関する取り組みを東大も求められたわけです。そこでこの政策の具現化のために教養学部が取り組んだのが、キャンパス内にある保育所を学部の保育所として充実させることと、ジェンダー論の授業を文理全ての学生に向けて開講すること、この二つが目玉だったんです。私はその時に「こういう取り組みをした方がいい」と提言したりした人間です。文系・理系の両方に向けて開講しているのには、実はそうした政策上の要請があったわけです。

専門分野と講義・社会との関連

私の研究分野は、ジェンダー論と社会学、あとは東アジア研究を専門にしています。ですので中国語や韓国語を使って仕事をすることがあります。博士論文は、日本・中国・台湾・韓国・北朝鮮の既婚女性の就労パターンについて調べたもので、それが『東アジアの家父長制』という本になっていて、授業の時にも時々使っています。

私が「ジェンダー論」という名前の講義をできるようになったのは2006年度が最初です。それまでは「地域文化論」という名前だったんですが、それが「ジェンダー論」という名前でできるようになり、専門の話を直接できるようになりました。

私の専門の分野は授業の内容とも社会とも直接的に関わっているのですが、それよりも皆さんの生き方そのものに関わるようなものでなければならないと思っています。もちろん学問的に面白いものを提示するということも考慮しますが、まずその手前で、皆さんが一人の成人として生きていく上で男女の性差の問題をどのように考えるのか、性差別についてどういう態度で接するべきなのか、また現代社会においてセクシュアリティの問題をどのように捉えるべきなのかということを、なるべく押し付けがましくならないように色んな角度から提示して、皆さんにどういう立場を取るか選んでいただくというような感じで進めようと思っています。社会とのつながりは他の科目に比べて非常に強く、『お笑いジェンダー論』という教科書の向こうからすぐに社会が見通せるような、わりと実践的な講義になっていると思っています。

瀬地山先生

女子学生の皆さんは、自分のキャリアを追求していく上でどのタイミングで結婚したり子どもを産んだりできるのかということを大概の人が悩んでいるのですが、男子学生の方は「子どもは勝手に産まれてくるもんだ」という程度に思っている人が多いので(実際私もそうだったんですが)、そういうことも含めて、色んなことを考えるきっかけになってくれればと思っています。


1.「ジェンダー論」について | 2.学生に対して

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掲載日:07-04-10
担当:渡邉洋平
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