史料論

2006年度から始まった「方法基礎」は、受講者が文科三類の学生のみに限定されているために少人数制での密な授業が行われている。今回のインタビューでは「方法基礎」の中でも歴史系の「史料論」を担当されている山内昌之教授に、この「史料論」の授業内容を軸にしつつ、他に教鞭を取られている科目や教養として歴史を学ぶ意義についてもお伺いした。

1.「史料論」について | 2.学生に対して

「史料論」について

山内先生

「史料論」は、基本的に歴史に関連する授業で、文科三類の一年生に対して選択必修科目として与えられている「方法基礎」の一科目です。まず「方法基礎」ができた経緯として、一方的に授業を聞くだけではなくて自分たちも議論に参加したいという学生側からの要望がありました。「方法基礎」はそのほかに哲学書を読み文学作品を講読するなどの多彩な科目が用意されており、生のテキストで歴史にアプローチする科目が「史料論」と言えます。我々教員の立場からも、学生たちがみずから考え、みずから動いて本を探したりすることが勉強の基本として大切だと思いますので、自発的な自習や調べが期待されます。

特に、私の授業では歴史上の名著の一部を抜粋して一緒に読み、まずは史料を読んでいく愉しみを学生たちに伝えています。史料は歴史を分析し、批判する人にとって非常に大切なテクストです。その、歴史に関する本を読む楽しみを吸収するために先達が私たちに残してくれた歴史上の立派な書物を日本語に訳したものをプリントして授業をしています。そう、こうした文献は日本語でまず読むことができるのです。というのも、日本にはたくさんの立派な翻訳者がいるおかげで様々な言語の名著が日本語で読めるのです。私はこうした状況が日本のすばらしい文化のおかげだと常に感謝しています。私もギリシャ語やラテン語を読めないという点では学生諸君と変わらないですからね。

具体的には孔子の『春秋左氏伝』、ヘロドトスの『歴史』、北畠親房の『神皇正統記』、イブン・ハルドゥーンの『歴史序説』などを、プリントを用いながら読み込んでいきます。もっと細かく日本史の文書史料を読んでいこうという試みを行っている先生もいらっしゃいますが、根底には「史料に対して自分たちの力で取り組んでいく最初の段階を紹介したい」という思いを共有しています。

専門領域との連関

私の専門はイスラム史を軸にした比較地域史・国際関係史ですが、7世紀にムハンマドが啓示を受けたときから現代のビンラディンに至るまでを網羅的に教えているわけではありません。イスラム社会と当時の世界情勢や日本との関係を常に視野に入れながら研究を行っています。例えば、アルハンブラ宮殿やコルドバのメスキータなどは、イベリア半島においてイスラム文化がヨーロッパの文化と共存していた結果、あのような素晴らしい建築が生まれました。また、日本との関わりを考えると、正倉院にはペルシアから来たと思しきものも多く収容されていますし、日本書紀にも西アジア・中央アジア系の由来とされる人名が載っています。このように、単体の歴史だけを見ていると日本やヨーロッパとは関係ないと思われていたイスラムが、実はシルクロードや地中海貿易、イベリア半島を通してみると大いに影響を与えていることがわかります。私の授業では「比較地域史」や人文科学「歴史I・歴史II」などで日本人としての立場を踏まえて話しています。

「史料論」ではこうした科目とは別のスタンスでのぞみます。すなわち、他の講義形式の科目とは違い、学生諸君が積極的に参加するのが「史料論」であり、その内容は史料を読んだ感想からはじまり、分析、さらに史料批判のレベルにまで至るプロセスが求められています。すでに学生からは良好な反応がありますよ。東大入試の時にすでに培われた歴史を分析する力をここでもう一度発揮できているようです。良い反応がありましたから、将来、歴史学を学ぼうとする東大生もいい意味で変わるのではと思います。今までより2年も早く、自然と史料に接することの悦びに触れているわけですからね。この経験を踏まえてますます勉強し、本を読んでくれるでしょうから、分析の力・ひいては批判する力に磨きが加わると思います。

授業において学生に求めること

分析・批判力を作るために、まずは毎回のテクストをきちんと読んでおくことが必要です。例えば『神皇正統記』のような日本語の文章であっても、むずかしい和語の言い回しがありますから、必要であれば岩波古典文学大系の注釈を引いたりすることが必要ですので、どんなテクストであってもきちんと予習してないと、授業に出る意味がありません。

授業中は、堂々と大きい声で喋ってほしいです。いまの小中高の教育で国語の文章を大きな声で朗読しなくなっているというのは良く無いことだと思いますよ。朗読して文章のリズムを感じなければ、本当に文学作品を味わうことはできません。だから、大きく声に出して読んでほしいのです。私の授業では声に出して史料を読むことから始めます。少し照れて最初はボソボソ声ですが、段々と慣れて大きな声を出すようになります(笑)。

教養学部後期課程の「地域文化学科」や文学部の「歴史文化学科」に進学すると、もっと専門的な領域を学ぶことになります。史料も原語で読むようになりますし、大学院になると活字の本だけではなく、手書きの史料を読むのです。だから、本を読むことが絶対に必要になります。もし読書が嫌いな人がいたら、それを好きになる努力をしなくてはいけないですね。もちろん、そのための手助けとして「史料論」などの科目があることを認識しながら、私たちも授業をしています。「方法基礎」は学生たちが授業を選べるわけですからやる気もあって、私たちにとってもそれは嬉しいことです。


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掲載日:06-12-20
担当:野島史暁
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